夏の終わりに③

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夏の終わりに③

明日、舞台に立つと思うと和真は気が立って仕方がなかった。眼を閉じてもどうやっても、寝付けない。真っ暗な部屋に一人、閉じ込められ囚われの身になったような不安がある。 美由紀からバンドに入るように促され入ったのが沖縄が梅雨入りした、5月のある日。それから3ヶ月、和真は歌が上手くなったと実感している。それから、ミュージシャンと言う生き物はみんな、思わせ振りだ。それは言える。 初め、結夏は自分を敵視しているように思えた。辞めていったボーカリストと比類して明らかに和真を嫌悪しているように見えた。それから、3か月。彼女はやたらベタベタとしつこい。何気なく手を重ねてきたり、眼や唇を近づけて来たり。もし元のボーカルに惚れていたら、飛んでもなく変わり身の早い糞女だ。 美由紀がバンドにいる時は、和真への極度の接近は控えているように思える。近づくのを我慢しているようにも思える。 本当は美由紀に近づいて欲しいのだが。彼女に誘われなければボーカルは引き受けなかっただろう。幼馴染が好きだった。よくあるパターン。気づいたのが彼女を知ってから17年後の夏。何やってんだよ。俺も。鈍感過ぎるぜ。 その時、自宅のベルがなったような気がした。両親共働きで帰って来るのはいつも、和真が寝入ってからだ。まだ!2時間は早い。 イベント事で寝られなくなったのは何時からだろう?中学3年の時の全国中学校柔道大会の時からか?いや、もっと前か。小学生の時からか。柔道の大会だから寝られなくなるのか?それともイベントがあるから寝られなくなるのか。 その辺が分からない。 その時、自動ドアでも開くようにスーッと和真の部屋の横開きのドアが音も小さく開かれた。暗い中に、誰かが入ってきたのだ。大学生の姉が時々、酔って入ってくる事がある。本当に高校生の和真にとって姉は刺激が強い。 「カズくんーーーーーーーー。」 「へっ?」 寝れなくて美由紀の事を考えていたら、彼女の声が聞こえてきた。そんなバカな・・・ 「美由紀?」 和真は思わず口を出した。 「そうそう。アタシ。明日の衣装持ってきたの。」 「明日の衣装って、明日渡せばいいーーー。あ!」 布団の真ん中に寝ている和真の左に何か重みを感じた。フワッフワと浮遊する。いい匂いもする。その匂いが美由紀の香りだと認識するのは早かった。 「まて、美由紀、布団に入ってくんな!オマエ、ノーブラ・・・」 「あ、バレた?アハハ!」 美由紀の膨らみを左腕で直に感じてしまい心拍数は120を超えていた。 「いつまでもガキじゃないんだから、隣に寝にくんな!」 美由紀は和真の分厚い胸に小さな頭をペコッと乗せた。 「うんうん。脈拍120。可愛いお隣さんがアナタの傍にいるんだから、正常、正常。」 「あのなぁーーっ!」 和真は上体を起こして布団を捲りあげ、自室の明かりをつけた。布団を見るとピンクのリボンをつけた、パジャマ姿の美由紀が横たわっていた。頬を真っ赤に染め、上品に足を閉じ横たわっている。 「最後に一緒に寝たのは小学校の卒業式の前の日だったなぁ・・・。」 と、遠い目の美由紀。 「お前なぁ・・・」 と言うや否や美由紀は抱きつき、和真の唇を自分のもので塞いだ。和真はガツンと何かに殴られたように、力が抜け、布団に軟着陸した。そして、そのまま、寝てしまった。 和真が寝たのを確認すると、美由紀は再び和真の胸に顔を埋め、軽い寝息を立てて眠りに着いた。2人の寝息が夏の夜空に静かにシンクロしていった。
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