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東京・文京区・白山 ①
「朝イチに来いとか、立石先生も人が悪いよな。前の日、午前2時まで営業してるって、9時に白山に行ける訳、ねぇだろ?ホント、精神科医って言う人種はイカれてるぜ。」
「贅沢、言わないの。立石先生の診察って普通に予約すると一年待ちなのよ。前の主治医のお陰で直ぐに診て貰えたのよ。」
今日は月に一回の和真の精神科の通院であった。眠りたいのに眠れない。寝なければならない時に心が休まらない。常に気が立っている。イライラや興奮を抑え込むために、リボトリールとリスパダールを出されている。睡眠薬はデェビゴとサイレース。特に精神的な疾患はない。ただただ、寝れないだけだ。
東亜学院大学附属病院は文京区、白山の山の中腹にある。京華学園や東洋大学附属校を見下ろしていた。この辺りは、坂道が多くあり。所謂、旅行をする限りにおいては、難所である。
「真栄城さん、どうぞ。」
名前が呼ばれた後から看護師がやってきて、真栄城和真と美由紀を診療室に招き入れる。
診察の椅子はボロっちい、黒の丸椅子だった。今日も丸椅子を二つ出されたので夫婦で座った。
「どうですか?前回からの様子は。」
「変わらないですね。寝れたり、寝れなかったりです。寝れる時は12時間寝れる時もあるし、寝れない時は朝まで起きてます。でも、元気です。」
和真はボソボソと答えた。どうも、病院という所は何度来ても慣れる事が出来ない。居るだけで病気になってしまいそうだ。
立石医師は話を聞きながら、静かに美由紀の方へ向き直った。
「相変わらず、奥さんが隣に寝ている時は薬も使わず、ぐっすり寝ていると。」
「はい。」
美由紀が頬を真っ赤に染めて短く答えた。
「その時の精神状態は安定している?旦那さん?」
「よく分からないのですが・・・ハッキリしている事は、美由紀がいれば僕は寝れるって事です。それだけの話です。だから、美由紀がこの先、ずっと傍にいれば、僕は寝れるって事です。」
和真が心身の不安定さを訴えてからもう、25年が経過した。心身の不調は倦怠感、離人感、何とはない不安、不眠、何年かの精神科の治療の後、だいたいは良くなったが、不眠だけが残った。
「奥さん・・・」
立石医師が美由紀に向き直った。
「そういう人なんです。私に生きて傍に居ろと、平気で言う人なんです。困った人です。」
彼女は苦笑した。
「脳波も身体全体もCTでスキャンしたが、特に異常はない。また、一月分、薬を出すから、変わったことがあったら、直ぐに来なさい。いいですね。」
そう念を押して、診察が終わった。僅か、2分診察である。
お金を払い、薬を貰うと、もう、午後3時過ぎだった。
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