魔王トラゴスvs王子ジーヴル

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魔王トラゴスvs王子ジーヴル

 星の力を宿した金色の剣が、破れかけた鎧ごと俺の胸を貫く。  黒い血が荒野に滴った。 「終わりだ、これで……」  眼前に迫った勇者の顔は、笑っているようにも、泣いているようにも見える。  その後ろでは聖女や召喚師たちが警戒を解くことなく、勇者を見守っていた。 「さようなら。魔王トラゴス・ビケット・オーデー……」  世界中の絶望から生まれ、存在するだけで災いをもたらす魔王トラゴス——そんな俺をも、この勇者たちは憐れむ。  絶望を晴らす優しさ、それこそが彼らが主人公たる所以なのだろう。 「ははっ……あはははは!」  思わず漏れた俺の高笑いに、勇者は琥珀色の目を見開いた。 「俺の最高にして唯一の楽しみは、お前ら甘ちゃんどもを恐怖のドン底に叩き込むことなのだよ!  我をもっともっとも〜っと恐れよ、勇者共!」  俺は隠していた力を解放した。  鎧を裂きながら、俺の身体に(さそり)の尾と蝙蝠(こうもり)の翼が生える。  翼が輝き、後光のように俺を引き立たせる。 「いでよ、我がしもべ!」  俺はさらに、青い牡馬の姿をした怪物を召喚すると、それに跨って駆ける。  怪物が吐いた瘴気はデバフとなって主人公パーティを襲う。 「っ、嘘だろ……!」  間近に居た勇者は、瘴気をモロに食らって咳き込んだ。  怪物が少しMPを削って俺に治癒魔法を使ってくれたおかげで、俺のHPとMPは全回復した。  勇者たちの目には、戦闘開始時と同じ数値に巻き戻った俺のステータス表が見えていることだろう。 「なっ……第四形態!?」 「またテイムしやがった! 怪物の方から倒さないと余計に長引くパターンだ!」 「あいつのステータスを見ろ! HPもMPも全快してるぞ!」 「何っっっっだよ、このクソゲー!!」  喚き散らす勇者たち御一行を見て、俺はゲラゲラ笑った。 「こ……今度こそさようなら、魔王トラゴス……!」  三時間以上の激闘の果てに、俺は死んだ。  厳密には、勇者が振るう剣に死の概念を付与されたのだ。  そうでもしなければ、厳密には生命体ではない俺を殺すことは出来ない。  このRPGもエンディングに向かう。  主人公パーティは凱旋し、勇者と聖女は結婚。良い感じの楽曲が流れて終了。  二周目は別の奴がボスを務めるので、俺の出番は無い。  世界に、勇者共に、そしてこのRPGのプレイヤーに恐怖を刻み込んでやった。  満足して、俺は退場出来る……。  目が覚めると、俺は森に立っていた。  なだらかで明るく、低地にあるごく普通の森といった印象だ。人間が採集に訪れることも少なくないだろう。  数歩進み、立ち止まる。  おかしいのだ。  俺が歩けば、足元の植物は枯れる。  生物は弱り、海は枯れ、果ては星が降るはずだ。  それなのに、今は周囲に何の変化も無い。  不思議に思っていると、近くの茂みが揺れた。  バッファローのようなずんぐりしたモンスターが茂みの中から現れ、俺に突進してくる。  体高こそ俺と同じくらいあるが、俺が召喚する怪物たちと比べると、いまいち迫力の無い奴だ。  俺は軽く念じて、魔法を使う。  俺が立つ傍らの空間に魔法陣が浮かび、そこから真っ直ぐ放たれた炎の槍がモンスターを突き刺した。  ドロドロに溶けるだろうと思っていたモンスターは、何故か綺麗な光に包まれて、ふんわりと消滅していく。  モンスターの消え方もおかしいが、もっとおかしいのは俺の魔法だ。  俺、こんなに弱かったか? 炎の槍の威力も速度も、ずいぶん落ちているように感じたが。  首を傾げていると、また茂みが揺れる音がした。  振り向いて睨むと、「わわっ、待って!」と言いながら手を振る少年が居た。  オレンジ色の髪をした、十代半ばの少年だ。  つまり、俺とはさほど変わらない年齢。 「君強いねー。見かけない顔だけど、どこから来たの?  てか、炎使いの魔人さんって珍しいね。そんな人も居るんだ」  少年はべらべらと話しかけてくる。  あの程度の魔法を「強い」と評価しているのなら、こいつの実力はたいしたこと無いだろう。 「知らぬのか?  俺は魔王トラゴス・ビケット・オーデー。  最果ての荒野に産み落とされし、絶望の化身よ」 「トラゴスくん、か。  僕はアンジェニュー・エキュルイユ。よろしくね。  魔人さんの友達多いから、魔人文化には詳しいつもりだったけど……最果ての荒野って所は知らないな。どの辺にあるの?」  にこにこしているアンジェニューの頭上に、ふわっと半透明の四角形が浮かび上がる。  中に何か書いてある……HPだの、MPだの……。  これは、ステータス表!?  普通はプレイヤー、つまり勇者共にしか見えないはずのものだ。  それがどうして俺に見えている?  よく見ればこのステータス、友情度とか恋愛度とか書いてある……。  その時、俺は察した。  これは、俺が元居たRPGの世界ではない。  別のゲーム……おそらくは恋愛ものの世界なのだろう、と。  結論から言うと、俺の予想は当たっていた。  ここは俺が元居たRPG世界ではなく、「乙女ゲーム」……女性主人公が、複数用意された男性キャラクターのうち誰かと恋愛するというゲームの世界だった。  こちらに飛ばされてきた時に、俺は魔力をほとんど失ったらしい。  それでもアンジェニューに言わせれば、強めの魔法使いくらいの力はあるという。  戦闘をメインとしていない世界なので、こんなものなのだろう。  泉に姿を写してみたが、第四形態——けっこうおぞましい姿で死んだはずの俺の姿は、第一形態に戻っていた。  ウェーブした長めの銀髪に、青白い肌、山羊のような角。  横長の瞳孔が目立つブルーの瞳。  ただ一つ、なんというか、外見の全体的な雰囲気がキラキラしているような……。  ざっくり言ってしまえば、俺を描画しているグラフィックが乙女ゲームのキャラデザ準拠に変わったような……。  まあ、些細なことだ。  形態を変えてみようと力を込めてはみたが、魔力が無いせいなのか、乙女ゲームのシステムのせいなのか、変化することは出来なかった。 「RPGのラスボスさんだったんだ。大変だったでしょ? どういう理屈で転移したのかは分からないけど……この乙女ゲームの世界は平和だからさ、ゆっくりしてってよ」  俺が事情を話しても、アンジェニューはにこにこしながら受け入れてしまった。 「俺は存在するだけで災いをもたらす魔王トラゴスだぞ? そんなのんきなことを言ってていいのか、お前は」 「平気だって、今のところ災い起こってないじゃん。 ところでトラゴスくんの居たRPGには恋愛要素ってあった? 乙女ゲームにも、世界を懸けて戦うみたいな作品ってあるみたいでさー。どこの世界も、色々と大変だよね」  アンジェニューに連れられて森を出れば、俺が元居た世界とあまり違わない町並みが広がった。  ファンタジーものにはありがちなやつだ。  煉瓦作りの家々、連なる三角屋根。  産業はどれも活発なようだ。賑やかに、ゆったりと人々が行き交っている。  少し遠くには王都と壮麗な城。  城の守りはあまり堅牢(けんろう)には見えない。  政治や経済を重んじ、有能な者を一人でも多く周囲に置く、役所としての平城だ。  (とりで)としての役割は最低限に見える。  この世界は本当に平和なのだろう。  俺の唯一にして最高の快楽は、人が恐怖するさまを見ることだ。  この平和な世界に魔王として君臨し、人々を恐怖に陥れたなら……どんなに楽しいだろうか。  しかし今の俺に、魔力でこの世界をどうこう出来るような力は無い。  残念に思いつつ、アンジェニューと共に石畳を歩いて行く。 「僕は乙女ゲームの攻略対象なんだけどさ、これから会いに行く子も攻略対象なんだよ。 それからあのお城にも、攻略対象の王子様が住んでてさあ……」 「ふーん。色々居るんだな」  落胆のあまり、アンジェニューの話も適当に聞いていた。  連れて来られた家に入ると、山積みの本が左右から俺たちを襲う。  それでもどうにか奥へ進むと、青い髪で眼鏡をかけた少年を見つけた。 「カルム」  アンジェニューが声をかけると、カルムと呼ばれた眼鏡の少年は本から顔を上げた。 「やあ、アンジェニュー。……隣の人は?」 「この人は、」 「俺は魔王トラゴス・ビケット・オーデー!  殺伐としたRPGの世界で、人々の絶望から生まれた凶事の化身! 災厄の運び手!」  紹介してくれようとしたアンジェニューを遮って俺が名乗るが、カルムは眉一つ動かさなかった。 「僕はカルム・エグレット。よろしく」 「お、おう。よろしく」  俺がRPGから来たってことを、カルムもすんなり受け入れてくれる。  平和すぎて人を疑うということも忘れたのか、この世界の住人は。 「で、二人揃ってこの汚い家に何の用なのさ」  カルムが気怠げに言った。  散らかっているという自覚はあったのだな、と安心する。  俺も、アンジェニューが何故真っ先に俺をここへ連れて来たのかは知らない。  アンジェニューが得意げに説明した。 「RPG世界から乙女ゲーム世界に転移してしまうなんて、並大抵の事態じゃない。  テイマーの僕と、神の言葉を受け取れる神官のカルム……二人で協力して神を呼び出して、転移の理由を聞き出せないかと思ってね」
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