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夕雨の待ち人
老舗の軒行灯が連なる小路を、人々が急ぎ足で通り過ぎてゆく。夕刻になって俄か雨に見舞われ、傘を持ち合わせていなかった研朗も自宅までの道のりを駆ける羽目になった。
雨はいっそう激しさを増し、路は黒々とうねる。研朗は急ぐあまり、ブーツを水溜まりに深く踏み入れた。弾みで袴の裾が濡れ、脛に冷やりとした感覚が伝う。靴底にも水が溜まり、踏み込むたびにキュッキュッとあぶくを吐く。こういう状況に陥ると、走る速度は遅くなる一方である。
研朗は仕方なく、舗の軒下を借りて雨宿りすることにした。格子戸から溢れる灯りによそよそしく躰を寄せ、濡れそぼった髪を額からはがす。同じく雨を避けてきた男女は、軒下に留まることなく暖簾をくぐっていった。
ほんの少しの間だけ休むつもりでいたが、雨は一向に弱まることを知らず飛沫を上げて降り注ぐ。それにもかかわらず、夕餉の時間帯ということもあってか、料亭には来客が絶えない。大抵がパートナーを同伴してくるか会社員の団体で訪れるので、研朗は次第に独りでいることの後ろめたさを感じ始めていた。
「あいつの家で世話になるべきだったか……」
雨空を仰ぎ、引き留めてくれた友人の判断を、今になって正しく思う。研朗はいくぶん背筋を伸ばして、誰かと待ち合わせているふうに装うのが精一杯だった。
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