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いつも貴方の顔を思い浮かべて待っていると、本当に貴方は僕の許へやってくる。まるで予期していたみたいに……。
ふとその言葉が研朗の脳裏を掠める。待ち人を期待していると本当に姿を現すのだと、友人が冗談めかして話していたことを思い出した。もちろん研朗は偶然だろうと笑い飛ばしたが、こんな夕雨ならば、傘を持ってきてくれる人が欲しいと切に願う。
雨垂れを眺めているうちに、仄暗い通りから誰かがやってくる気配を感じた。一歩一歩踏みしめるように近づいてくる人影に、研朗はもしやと胸を膨らませる。
だが、料亭の軒行灯が照らしたのは、研朗が期待していたものとは違った。赤橙色の路面に、女物の白いヒールが浮かび上がる。彼女は暫し爪先を研朗へ向けた状態で佇み、何故か洋傘は差したまま、軒下で訝しむ青年の隣に並んだ。
どれくらい、そうしていただろう。女は待ち合わせでもしているのか、微動だにせず雨を眺めている。少なくとも研朗が盗み見た限りでは、全くと言っていいほど動きがない。
研朗の視線を察したのか、白百合のような傘がわずかに傾いた。女の紅く塗られた唇が目に留まる。皺がなく艶があり、しかしながら大人びた印象の口許だった。研朗が見つめていると、その唇が微かに開く。
「あ……だ……ちに……るの」
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