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木島に遅れて店内を出れば弾んだ足取りで先を歩くのが目に入る。店主の視界から外れてこわばりがとれた修一は荒い足取りで追いつくと低く凄んだ。なんであんな勝手なことをしたのかと問おうとした目の前に花束が現れ絶句する。挑むような目が射抜いた。
「日下部さん。僕のことを思ってくれた言動だったとわかっています。けど、自分の信じるもの以外を否定する日下部さんの言動はたまにいろんな人を追い詰めているって知っていましたか。僕はそれが残念でもどかしい」
「木島……」
「どうしても一晩でも魔法使いになりたい僕にはさっきの日下部さんの言動は迷惑でした。いくら僕のことを考えてくれたのだとしても。だから、日下部さんに魔法を付与してもらいました。信じないものを頑なに頭ごなしに否定せず受け入れられたら……。僕、謝りませんから。それじゃあ、付き合ってくれてありがとうございました!」
言いたいことを言い切ってすっきりした顔をした木島は手を振って分かれ道を走って行った。修一はもやもやとした気持ちを抱えて右手をじっと見つめた。今は何も見えない文様が浮かんだ右手を。
次の日、木島のプロポーズが成功したことを聞いた。そこは素直にめでたいと思ったから素直に「おめでとう」と声をかける。満面の笑顔が眩しい。どんなプロポーズだったのかと盛り上がる周囲の話にさり気なく耳を傾け修一はふっと気付かずに笑っていた。 「君のためなら何でもできる。これは借り物の力だけど、君のための魔法使いでいるから、この手を取ってくれませんか」なんて、違和感なく目に浮かんだからだ。魔法なんて信じないが百歩譲って幸せになるなら許してもいい。そんなことを修一は思った。
あっという間に6日が過ぎた。もちろん修一は魔法を使っていない。木島ももっと言ってくるかと思ったが何も言われないまま。無下にしている罪悪感とこれでいいと思っている自分の狭間で修一は揺れていた。突如、上から悲鳴が聴こえた。
「⁉」
幼い少女が落ちてくるのが見えて修一はとっさに右手を掲げていた。あの日見た文様が右手の甲に浮かび上がる。少女の落下が緩やかになり地面から少し浮いた場所で止まった。恐怖と驚きに身を強張らせている少女の腕に子猫がいる。どうやらこの子猫を助けようとして落ちたらしいと察しがついた。いつも怖がられる顔を精一杯緩め少女と目線を合わせるべくしゃがんだ。
「怪我は、ないか」
こくりと頷く。修一は心底ほっとして細心の注意を払って浮遊魔法を解いた。零れ落ちそうな大きな目に居心地の悪さを感じながら口を開く。
「危ないことをしてはいけない。大人を頼りなさい」
「うん! ヒーローさん、ありがとう!」
思いも寄らない言葉に今度は修一が固まった。立ち直った少女は興奮した様子できらきらとした目を向けてくる。
「あ、ナイショにするよ! ヒーローは秘密だもんね! 私、絶対死んじゃうって思った。でも、ふわって! 本当にありがとう!」
ぎゅっと幼い温かい体温に抱きしめられた。子猫のふわふわも同時に。驚いている内に少女は満面の笑顔で去って行った。修一は口元を押さえてゆっくりと立ち上がる。その顔は真っ赤だった。
後日、仏頂面の修一はひとりで再びレンタルマジックを訪れた。
「年間レンタルはできるか」
「できますよ。2万円ですけど」
「…………思いの外役に立つとわかった」
店主の顔がほころんだ。
「それはようございました」
ぶわりと再び修一の右手の甲に文様が浮かんで消える。それを見る修一の顔は穏やかでどこか誇らしげで明るかった。
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