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2.『友達に会いたい少年と移動魔法』
どうして自分は子どもなんだろう。いくら周りから顔が良いと言われていても、頼れる奴と言われていても今の悩みはどうしようもない。せめて中学生だったらバイトでもしてお金を稼いだり、上手くすれば遠出だってできるはずだ。けれど、颯太は小学4年生。遠い町へ引っ越した友達の春斗に会いに行きたいという切実な願いは誰も叶えてくれないのだ。
「ふざけんな、バカ春斗」
颯太は苛立ち任せに石を蹴った。何度も何度も。腹立たしかった。外見もやることなすこと平凡なことをコンプレックスにしていた春斗は事あるごとに颯太と友達であることに自信を持てないような発言をしていた。だから、颯太は見送りに行って「ずっと友達だ」と言うつもりだったのに……その日に限って滅多にないことに熱を出して行けなかったのだ。後日、見送りに行った他の友達から春斗の言葉を聞いた。
『これを機にさよならしろっていうことかもなぁ……』
「ふっざけんな!」
カンッと硬質な音がして蹴った石が縁石の段差にぶつかってあらぬ方向に飛んでいくのが見えた。そしてたまたま開いた自動ドアの中へ吸い込まれていったのを見て颯太は「ありえねぇ」とうなだれた。別に店に傷をつけたわけじゃないし、たまたま入ってしまった石なんて放っておけばいい。そうは思うも後味が悪い。こっそり入って石を回収してくればいい。そう決めて颯太は自動ドアの前に立って何となく文字を読んだ。
「レンタルマジック……?」
センサーが感知したのか自動ドアが開く。月色のカウンターにくっつくようにある石に気付いて慌てて拾うのにしゃがみ込み、掴んでホッと一息。目の端に見えたアクセサリーのひとつに目が釘付けになった。金ぴかのメダルの真ん中に白いダイヤモンドみたいな石がぽつりと嵌まっているキーホルダーだ。金ぴかに負けそうなのにしっかりと光って見える石に惹かれるように颯太は近寄っていた。
「いらっしゃいませ」
颯太は脅かされた猫のように飛びあがった。バクバクする心臓を押さえながら声の方を振り向いて硬直する。目の色が左右で違う。カラーコンタクトかと思いながらも親しげに笑うその顔が何だか妖しく見えて動けなくなってしまったのだ。店主はそんな颯太を気にせず話しかけてくる。
「そちらのメダルが気になりますか? それは北極星のメダルです」
「北極星?」
「基本的に位置がほとんど変わらないため、古くから正しい方角を見つける夜空の印とされる星です。迷っても見上げれば道標になる星の光を閉じ込めた石を嵌めたメダルです」
颯太はじっとメダルを見つめた。殆ど位置を変えない星のように友情を信じてほしい。これをプレゼントにしたいと強い気持ちに押されるように2つ手に取る。
「これ、ください。いくらですか?」
「ちょっとお高めなんですが……ひとつ500円です」
颯太はホッと息をついた。それならお小遣いを貯めているから余裕だ。財布から千円札を引っ張り出しカウンターのくすんだ銀色のトレーに置く。
「ラッピングはしますか?」
「いいえ」
そんな他人行儀なことしたくないと颯太は首を振った。店主は小さな紙袋に2つを落とし込みテープで留めた。そして、差しだしながら小さく首を傾げる。
「魔法はどうしますか?」
「は!?」
素っ頓狂な声をあげた颯太に店主はニコリと口角を上げた。
「ここはレンタルマジック……魔法を貸し出す店ですので。アクセサリーはついでです」
「いや。魔法なんて……」
笑おうとして颯太の目が揺れた。ありえない。ありえない。だけど、もし、本当なら? 今の自分の願いはそれこそ魔法でもなきゃ叶わない。颯太は挑むように顔をあげた。
「じゃあ、遠くに行ける魔法はあるんですか?」
「遠くといいますと……外国ですか?」
「国内」
「ならば、2番目の移動魔法が最適でしょうねぇ……家出ですか?」
「ちげーよ! 友達に会いに行きたいんだよ! このキーホルダーを渡したいんだ!」
「ふむ、そうなると往復できないと困りますね」
店主は口調を崩した颯太を気にせずどこからともなく分厚いファイルを出してぺらぺらと捲る。何ページかに目を通しカウンターに頬杖をつくようにして颯太を見おろした。
「行ったことのない場所に行くのなら相手に呼んでもらうのが確実です。相手があなたのことを考えてくれるといいんですが……」
「考えてる。絶対」
本当は根拠なんてない。不安だらけだ。でも、颯太は無理やり信じた。断言して気持ちを奮い立たせた。そう簡単に切れる縁じゃないはず。店主はあっさりと頷いてメモにペンを走らせた。
「往きはご友人の引き寄せを利用して、帰りは……割引するためにご友人に会う、メダルを渡すを達成次第帰りの魔法が起動する設定にします。3000円ですけど、払えますか?」
颯太は無言でお札を3枚トレーに置いた。店主はお金を手に取り満足気に笑った。
「毎度あり」
「⁉」
ぞわりと何とも言えない感覚が颯太の中を走った。冷や汗が垂れる。パニックになりそうな耳に店主の声がした。
「あなたは目的がはっきりしていますし、悪いことに使う気もないでしょう。ですから特に注意は致しません。良いご利用を、颯太様」
名前を言われたことに今度こそ悲鳴をあげた。名乗っていないのに知られていた恐怖。手を出して良かったのかと今更のように不安になる。泣きそうになって潤む視界にきらりと白い石が光った。
「……春斗」
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