3.『信じない男と浮遊魔法』

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3.『信じない男と浮遊魔法』

 なんでこういうことになったんだったか。日下部修一はため息をかみ殺す。3つ年下の同僚、木島アキラに一人だと心細いからと泣きつかれ、根負けした。了承してどうしてまだ機があれば帰りたいと思っているかといえば、「魔法を借りる店」という胡散臭さ溢れる目的地というのが許容できない。割と知っている者が多いらしくバカなことをと一笑に付そうとしてできなかった。一体どんな怪しい店なのだか。  会社から10分ほど歩いたところに『マジックレンタル』の黄色と紫2色使った飾り文字のみの自動ドアが現れた。正直、修一は拍子抜けした。もっと怪しげな宣伝をしていると思っていたからだ。木島は心細いと言っていた割に躊躇なく自動ドアを潜る。  「ごめんくださ~い」  仕方なく後を追って修一も店内に足を踏み入れた。くすんだ黄色のようなカウンターがある。周囲を見渡す間もなくオッドアイの青年が現れた。にこやかに語る声は舞台俳優のような華やかさと響きを持っていてつい注目してしまう。  「いらっしゃいませ、魔法をお求めのお客様。どんな魔法が欲しいですか? えぇ、もちろん本物の魔法です。気軽にどうぞ。あくまでレンタルなのですから。条件はひとつだけです。使う魔法に責任を持つこと。守れそうですか? 守れるというならどうぞお好きな魔法をお選びください。あ、もちろん店の迷惑になるような使用方法を取られた場合は店よりペナルティがあります。条件とは違うのかって? 条件は魔法使用の約束、ペナルティはマナーですよ」  「守ります! あの、お花を自在に出せる魔法在りますか!?」  木島は勢いよく挙手して叫んだ。ぎょっとする修一を他所に店主も動じることなくファイルをぺらぺらと捲って微笑んだ。  「利用回数や日数によって値段は違いますが、花束を出す魔法から所構わず花畑を展開する魔法、望んだタイミングと量で花を出せる魔法、想像力で望む花を開花させる魔法などがありますが」  「…………望んだタイミングで望む量の花の魔法は花畑も含みますか?」  「えぇ、望むままですから。回数ははっきりしていますか?」  「2回、いや、3回……」  「はっきりしていないのでしたら一晩貸し出すというのは如何です?」  「それでお願いします!」  「待て」  思わず修一は間に入っていた。勢いを削がれた木島がきまり悪い顔をして視線を彷徨わせる。付き合わせたのを忘れていたのだろう。修一は不機嫌を隠さずに店主を睨みつけた。  「できるはずもないことを売りつけようとするのは止めてくれませんか。こんなのですけど一応大事な仕事仲間なんで」  同僚の顔がショックを受けたように歪んだ。店主は不思議そうに首を傾げた。  「なぜできないと思うのでしょう?」  「魔法なんてあるはずはない」  「日下部さんっ‼」  ドンッと強く胸を押されて修一は数歩たたらを踏んで自分を押した相手を見て息をのんだ。いつも人懐っこく笑っている木島が怒りと悲しみが混ざった顔をして目を潤ませて睨んでいた。  「魔法が欲しいのは僕です‼ そりゃ、付き合わせたのは僕だけど、邪魔しないでくださいよ‼ ……彼女が、体の弱い彼女が魔法使いとなら結婚してもいいって言ったんです。断るつもりで言ったんでしょうけど、人生を悲観したまま諦めてほしくないんですよ。」  必死なのが伝わって修一は説得の言葉を失う。膠着しそうだった空気を緊張感のない店主の声が破った。  「魔法を信じない人間は多いものですよ、木島さん」  「そうかもしれませんが……あれ、僕、名乗りましたっけ?」  店主は意味深に微笑った。わぁと憧れるような顔で見上げる木島と苦々し気に睨む修一は対照的だ。木島は何か思いついた様子で修一の方を見ながらひそひそと会話する。店主は面白そうに笑って頷いた。  「じゃあ、最終決定です。望むタイミングと量で花を咲かせる魔法一晩、そして、日下部さんに店主のお薦め魔法1週間」  「⁉」  「承りました」  木島の右手の甲が一瞬光り、赤紫の文様が浮かび上がって消えた。どんなトリックだとこの期に及んで否定材料を探そうとした修一の右手が一瞬重みを増して揺れた。驚いて見ると木島に浮かんだのとは別の紺色の文様が浮かんで消えるところだった。説明のつかない現象に理解が追い付かない修一の顔からは血の気が引いていた。  「1870円と2000円、合わせて3870円です」  「はい!」  店主はお釣りを返しながら修一の方を見て薄く笑った。得体の知れない恐怖を感じ思わず修一の足が1歩下がる。  「あなたに付与したのは浮遊魔法です。物でも生き物でも浮かばせることができます。1週間の間何度でも使えますので、ご自分でも他人でもお試しください。……その上で否定するならどうぞお好きに」  圧を感じ黙り込む修一に気付いていないのか木島はご機嫌に店を出る方向に向きを変えていた。自動ドアが反応する一歩手前、あっと声をあげて店主を振り返った。  「このレンタルした魔法、どうやって返しに来ればいいですか⁉」  「ああ、私としたことがうっかりしていました。返しに来る必要はございません。勝手に魔法は戻りますので」  「へぇ……便利なんですね」  「魔法ですから」  「俺は、使わないぞ」  「日下部さん……」  「それもあなたの自由です。どうぞ良いマジックタイムを」
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