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重い扉を開けた先には、薄暗い廊下が続いている。
先程までは窓から朝日が差し込み廊下を明るく照らしていたが、ここは部屋に面して廊下があるせいで、点々と置かれた蛍光灯が無ければおそらく真っ暗闇だろう。
同じ建物内でこうも雰囲気が変わると、やはりそこにはスコット達が敬遠する他の意味があるのではないかと勘繰ってしまう。
「...それにしてもコリンズ少佐、あなたの功績はこんな地方でもよく耳にしていましたよ。まだ若いのに、地位も名声も俺とは比べものにならない。流石としか言いようかまありません」
「...いや、そんな大したものでは。ただ歴が長いというだけです」
「またまた、そんな謙遜して。少佐はいつから軍に?」
「10年ほど前ですね」
「...え」
何の気なしの世間話からの問いかけに素直に答えてやれば、スコットは戸惑ったように言葉に詰まる。
しかしその反応は想定の範囲内でもある。
そしてやはりスコットは、忌まわしい過去の戦争の話題を口にした。
「...それでは、7年ほど前に渦中であったアルヴェニア戦、...まさか少佐は経験されているんですか」
「まあ、そうですね。それが今のキャリアに大きく関わっていることも否定はしません」
「...」
スコットは淡々と受け答えするノイに対して、底知れぬ恐怖を抱いた。
あの戦争は、人間にも魔族にも多大なる被害と多くの犠牲者を出した。
時が経った今でも、未だにその記憶に苦しんでいる者も多い。
幼き日のスコット自身もあの戦争で母親を失ったが、長い時間を掛けて残された家族と共にやっと前向きに生きることを決意できた。
それほどに残忍で冷酷なものだったわけだが、自分とそこまで年齢も変わらないはずの目の前の男は、その最前線で戦っていたらしい。
「...ウッド一等兵?」
「え、ああ...すみません。こちらです」
スコットはその事実に恐々としながらも、懐から取り出した鍵で扉を開錠する。
通された部屋の中は実に質素で、簡易的なベッドとデスク、そして何も置かれていない古びた本棚と申し訳ばかりのコートラックが入り口のそばに置かれているだけだった。
「ここには必要最低限のものだけが置いてあります。少佐のような方をこのような部屋に通すのもなんだか気が引けますが...。そうだ、必要なものがあれば近くの者に申しつけてください」
「...近くの者?」
「ええ。俺は主にこの空間の外に関して、少佐の身の回りのことを担当させてもらいます。ここではスレイド・ニアム上級軍曹が少佐の側近のような形で動くよう手配しているので」
また新たに出された名前に、配属初日は覚えるべきことが山積みだなと辟易しつつ、素直にその言葉に頷く。
「...スレイド・ニアム、その人はこの部隊に属している人ですかね」
「はい。人、というより魔族ですけどね。彼はたしか獣人族の出だったかと。少佐の異動の話が上がった際に妙に出しゃばるものですから、そのまま彼にここでのことは任せることになりました」
「...なるほど」
「まあそれも隊員が任務から戻ってきてからの話になるでしょう。ニアム曹長もこの隊の中では若い方ですが、腕は立つようなので」
そんな言葉を聞き流しながら、ノイは持ってもらっていた荷物をスコットから受け取り、ウッド調のベッドの横へと置く。
スコットはその間にも早く元の場所に戻りたいとでもいうようにそわそわと落ち着きがない様子を見せるので、見兼ねたノイはすぐに声を掛けた。
「...ウッド一等兵、忙しいところありがとうございました。部屋にも着きましたし、もう十分です。元の公務に戻ってください」
「...はい」
昨晩から何も食べていないため、本当は食事のできる場所でも聞けたら良かった。
しかし今はこれ以上、居心地の悪そうにしているスコットを引き留めるのは酷だろう。
「それでは少佐、健闘を祈ります。また何かご用があれば気軽に電報を寄越してください。枕元に置かれているものは直結で大佐室に繋がっていますので」
「...それは大佐が直に受話器を取るということですか」
「はは、気にしなくて大丈夫ですよ。あの人は常に暇なので、きっと少佐からの電話も喜んで取るでしょう」
相変わらずセントラルとは違う緩い雰囲気を纏うこの空間に苦笑いを浮かべ、ノイは静かにスコットを見送った。
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