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「ダグラスさん、どうもどうも!」
「ああ...フィンさん。お久しぶり。お元気そうで何より」
「ええ、ええ。それにしても、随分と遅かったですね、何かあったんです?」
「..いや、アンダーソンくんと直近の契約の件で話し込んでいてね。気付いたらこんな時間に」
「そうでしたか!...それでしたら、この後私ともぜひ...南部の地で、金になる良い話を聞きましてね」
「ほう、それは興味深い」
今回の主賓であるデイビッドの登場に、ドリストはいそいそと近付いていき、声を弾ませながらそう声を掛ける。
それに対してデイビッドも威厳のある風格を有したまま応対しており、和やかなまま時は過ぎた。
しかし話が途切れたその時、父親の背後に控えていた青年のうち一人がふいにショーンを見つけ、デイビッドの耳元で何かを囁く。
それと同時に、デイビッドは鋭い眼光をショーンに向けた。
「...っ...」
その目には、息子との再会を喜ぶ親の気持ちなど微塵も見えない。
ショーンは突如としてこちらに向いた視線に無意識に息を飲んだ。
その間にも、末っ子であるマシュー・ダグラスは、その顔に柔和な笑顔を携えたまま父親達を連れてこちらへと向かってくる。
「兄上、お久しぶりです。今日はここにいるどなたかの護衛か何かですか」
「...、あぁ」
「ふふ、そうですか。それにしても良かった。父上も兄上のことは心配されていましたから」
「...父上が..?」
久々に会った弟は、随分と大人びている。
物心ついた頃から父親からは兄弟の中でも明確な評価の差を付けられていたショーンは、そんな無邪気な弟に対しても劣等感でいっぱいだ。
しかし父親も、自分のためを思って直接的には厳しいことを言うことばかりだが、そうじゃない場所では自分を気に掛けてくれて───
「ほら、兄上は昔から僕らと違ってダグラス家の落ちこぼれだったでしょう。父上は、この先兄上がダグラスの名に恥じぬようどう生きていくのか、ずっと心配していたんですよ。でもさすが兄上、世渡り上手ですね。父上から聞きましたよ、口添えが功を奏して次は少佐に昇進だとか。良かったですね、この家に生まれて。この先も安泰だ」
「...っ...、...」
「マシュー、その辺にしておけ。これから他にも挨拶をしなきゃならないんだ、時間が惜しい」
「はい父上、すぐに参りましょう。僕もみなさまに顔を知ってもらわなければ」
無邪気、なんて生易しい言葉では包括できない。
明らかに悪意を持った弟の言葉に、ショーンは思わず目を見開く。
兄に対してそんなことを平気で宣うマシューに対し、デイビッドは苦言を呈するようにその先を制した。
しかしそこには「父親としての姿」など見えるはずもなく、まるで時間の無駄だとでも言うかのように興味なさげにショーンを一瞥して、すぐに兄弟達を連れて背中を向けた。
───屈辱的。
そんな言葉が、ぴったりだろう。
この前本人から言われたばかりじゃないか。
期待などされていない。心配など、されていない。されるはずがない。
...父上が心配しているのは、見ているのは、いつだって「家のこと」だけだ。
「...」
「...コリンズ、言いたいことがあるなら言えばいいだろう。どうせお前も、私がコネでこの地位を手に入れたのだと裏で嘲笑っているんだろう」
今一番見られたくないと思っているノイに家族とのやりとりを間近で聞かせることとなってしまった羞恥から、ショーンは強がるように自虐とも言える言葉を連ねる。
しかしノイは、その幼さの残る顔に深く眉間に皺を寄せたまま、遠のくデイビッドの背中を見据えて口を開いた。
「...これは家族間の問題なので、私がとやかく口を挟むべきことではありません」
「...は、綺麗事を。今更そんなことを言ったって..」
「ただ、」
「...」
───あの人たちは、今の貴方を何もわかってはいませんね。
どういった意図で、ノイがそう呟いたのかは知る由もない。
慰めでも、建前でも、皮肉でもない。
ただ、淡々と紡がれたノイの言葉に、焦りと苛立ちを募らせていた内心が少しずつ平静を取り戻していくのを感じる。
「...。...お前だって私のことなどよく知らぬだろう。生意気な口を聞くなよ、コリンズ」
「...ええ、そうですね。失礼致しました」
ショーンは口ではそう言いつつも、先程ノイが静かに紡いだ言葉が頭の中をぐるぐると巡った。
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