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「....あ、ぁ....ぐ...、」
先程まで自分の上でとろけるような表情をして腰を忙しなく動かしていたはずの娼婦。
そんな女の中に自身のそれを吐き出して、覚えのある快感に体を震わせていたのも束の間。
ドリストは、柔らかいベッドに体を預けたまま自身の手足に力が入らなくなっていることに気付き、慌てたように口を開く。
しかし舌がうまく動かず、情けない嗚咽のような声が静寂な部屋に静かに響くだけだ。
「...ふ、無様な姿ね」
「...っ...、な..にを..、」
「あんたは私のことなんて、覚えていないのでしょうね。ドリスト・フィン」
女は先程とは打って変わった冷たい表情でドリストの上に跨ったままその姿を見下ろす。
そして呪文のような言葉を小さく唱えると、その姿形が僅かながらに変化していく。
艶のある黒かった髪は薄紅色に変わり、犬歯も鋭く伸びる。
そして、白く長細い指先も黒く鋭い爪を携えた「妖魔族」そのもののといえる姿へと変貌した。
「...、!」
「今頃気づいてももう遅いわ。私の家族を、仲間を、街を...すべてめちゃくちゃにしたのは他でもないあんた。穢らわしい人間め、この手で必ず殺してやる」
「...ぁ、...っ...、ぐ、ぅ...!」
明らかに殺意のある鋭い眼差しで見据えられ、ドリストは相手の女が何者なのかを悟る。
───この女は、ひと月程前に自身が掌握した街「ネストリア」の残党だ。
しかしその事実に気付いたからといって悲鳴を上げることも、助けを呼ぶことも、逃げようと足掻くことすらもできない。
妖魔族はその魔術によって他者から正気を奪い、相手を屍へと容易く変えることができる。
ドリストもそれは例外ではなく、先程よりも力の入らなくなっている体に焦りを隠しきれない。
外には護衛がいる。私がこんなことになっているというのに、一体何をして───...
ドリストは自身の軽率な行いを反省するよりも前に責め立てるような気持ちで扉へと視線を向ける。
しかしそれと同時に、妖魔族の女もその視線をドリストから外し、怪訝そうな表情で眉間に皺を寄せた。
「...チッ...、気付いたかしら?声を上げさせなければバレないと思ったのに」
「...っ..、」
女はそれだけ呟くと、ドリストの前でカチカチと鳴らしていた指先を扉へと向けて、次の瞬間にはその黒い爪を鋭く突き立てる。
長く伸びた細長い爪は木製の扉を容易に貫き、何か固いものに突き刺ったように鈍い音を立てた。
一瞬の出来事にドリストは大きく目を見開くが、扉の外で護衛についているショーン達が攻撃を直に食らったような反応は見えない。
「...外したか。まあいい、私はあんたを殺すまでよ。そしたら私も向こうに行くわ。...みんな待ってるもの」
「...ひ...っ...、」
今頃軍人が異変に気付いたところで、もう間に合わない。
女は扉から素早く抜き去った爪を、今度は目の前で構えて見せる。
その表情は憎しみと復讐に焦がされ、汚物を見るかの如く蔑んだ冷酷なものだ。
「...っ...ぁ..、ゅ...許、し...」
「無様に散れ、人間」
最後まで冷たく吐き捨てられた言葉に、ドリストは覚悟を決める暇もなく咄嗟に目を瞑った。
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