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あれから時間も経ち、演習場を囲む森と空の境界は茜色に色づき始めている。
「...コリンズ」
「...はい」
「すまなかった。見苦しい姿を晒してしまったな。私としたことが」
「...いえ。私は何も見ていません」
「そんな雑な嘘のつき方があるか、馬鹿者」
「...はは」
そんな中、ショーンはノイから借りたハンカチをぎゅっと握り込むと、先程から視線を遠くに向けたままのノイに対して少しばかり砕けた口調で言葉を続ける。
親しげに話をするショーンにノイは驚いたように目を見開くも、次の瞬間にはどこか安堵したように笑みを溢した。
「...コリンズ、あと一つ...頼みたいことがあるのだが」
「はい、何でしょうか」
「....その...、私と...」
───...友人になってくれないか。
先程から一体誰と話をしているのだろうかと思うほどに、ショーンからは驚かされる言葉ばかりが飛び出る。
今回の「お願い」も普段のショーンからは考えられない言葉で、ノイは思わず口をあんぐりと開けてその目を見つめ返した。
「ふ、...はは、なんだその間抜けなツラは。そんなに意外だったか」
「...あ、いや...えっと、」
「恥ずかしい話、私は今までずっと自分のことを心のどこかで恥じて劣等感に苛まれながら生きてきた。そのために無駄に虚勢を張って、高飛車に振舞って...家族どころか仲間さえも信じることができずにずっと自分を偽ってきた」
「...」
「だけれど、今回の任務で...その実力をこの目で見て、部下との信頼関係を見て、君の実直な生き方を見て、痛感したよ。今の私のこんな生き方、碌でもないものだとな」
「...そんな..、」
ショーンからの言葉にノイは気まずそうに相槌を打つが、それも気にする素振りなくショーンは言葉を続ける。
「...今までの生き方はもう変えられない。でも、これからの生き方は私次第だ。だからこそ変えたい、変えなくてはならないと心の底から思った。....その第一歩として、私は君と友人になりたい。信頼関係を、築いていきたい」
「...」
「どうだ、受け入れてくれるか」
「...私などでよければ、ぜひ」
「そうか、それなら良かった」
ノイの返答にショーンは満足げに笑い、いまだに戸惑ったままの様子のノイを優しげな眼差しで見つめる。
「これからは敬語もいらない。そして二人でいる時は名前で呼んでくれ。その方が親しみを持って接せるだろう」
「...なるほど、形から入るタイプなんですね」
「入りは何だっていいだろう。もう他人に対して壁を作るのには疲れた」
「...ええ」
どこか吹っ切れた様子のショーンに、一体何がそうさせたのだろうかとノイは疑問を抱く。
しかし陰ながら見てきたショーンという男の本質は、きっと今目の前にいる姿なのだろう。
ノイはそれ以上深く考えることをやめて、新たに「友人」となったその名前を呼んだ。
「...ショーン。改めてよろしく」
「ああ、よろしく頼むよ。君は私の初めてできた友人だ」
夕焼けに照らされた二人の表情は明るくて、ひょんなことから始まる関係も悪くはないなとショーンはまた目の前の存在に笑みを向けた。
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