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「...コリンズ」
「ああ、やっぱり来てくれたか。良かった」
「当たり前だろう」
ノイが久々に街の酒場で夕飯を摂っていれば、少し経ったあたりでフードを目深に被ったショーンに背後から声を掛けられる。
ショーンは辺りをきょろきょろと窺ってから、ノイの隣に腰を落ち着けた。
セントラルではどこで誰が見ているかもわからず、迂闊に外で共に食事を取ることさえ許されなかった。
今いる北部の僻地ではそんな心配も無用で、ノイは「フードは外しても大丈夫だ」と声を掛けてショーンを見遣った。
ショーンは薄暗い酒場の中でフードを取り、僅かに開けた視界でテーブルの上を一瞥する。
そして苦々しい表情を浮かべてノイに文句を垂れる。
「...おい、コリンズ。君はまたそんなものを...」
「はは...魔族が多くいるここの酒場では肉類ばかり扱っていてな。これ以外に俺が食えるものがなかったんだ、見逃してくれ」
「...ふん、いつか倒れても知らないぞ」
「ショーンの言いつけ通りちゃんとバランスは考えている。ほら見ろ、野菜だってある」
「どうだかな」
ノイの無邪気な様子にショーンは呆れたように笑みを浮かべ、自身の注文を店主へと告げた。
「...それにしても、やはりセントラルとは違って魔族の方が多いんだな。しかし人間がいても気にする素振りがないとは意外だ...」
「ああ。ここの店は少し特殊かもしれない。店主が金さえ払えば客として扱う方針らしいんだ。それこそ他の店じゃ、人間が入りでもしたらすぐに袋叩きにあうような所もある」
「...そうか。やはり種族間の溝はまだまだ深いな」
そんな話をしていればショーンの席にも注文した品が届く。
「...ほらコリンズ、これも食べてみろ。肉は避けてやるから」
「...だからそんな気を回さなくても..」
「なんだ、私の言う事が聞けないのか?俺はダグラス家の次男坊だぞ」
「はは、タチの悪いジョークだな。...うん、ありがとう。食べないとショーンが後でうるさそうだしいただくよ」
「一言多いぞ、馬鹿者」
ショーンは事あるごとにノイの心身を気遣ってこうして世話を焼いてくれるので、照れ臭さを覚えながらも素直に食事に手をつける。
「明日は演習風景の視察か。...コリンズはここで魔族と手合わせをしたりなどしているのか」
「いや、俺は今のところ一人で鍛錬に励んでいる。わざわざ人間と手合わせを申し出るような魔族もまだいない」
「...そうか。しかし君は昔から滅法強かったからな。君が相手になれば、魔族たちもその実力を認めざるを得ないだろう」
「そんなに褒めたって何も出ないぞ」
ショーンとはセントラルにいた頃から、何度か夜の演習場で手合わせをしてきた。
ショーンは自身の実力を「よく言って中の中」と卑下するような口ぶりで評価しているが、毎日欠かさず鍛錬に励んでいただけあって、ノイはそんなことはないと今でも思っている。
父親であるデイビッドの意向もあってか、ショーンが戦闘の最前線に赴く機会は他の軍人と比べ如実に少ない。
だからこそ、その経験不足から本来の実力が発揮できていなかったのだろう。
しかしノイとショーンが友人となってからはや数年。
ノイは実戦でも機転が効くようにと、手合わせの際にはしっかりと応用も取り入れた鍛錬を共にするようにしていた。
「君の今の実力なら、その階級に恥じることもない。上から言うようで申し訳ないが、それは俺が保証する」
「ふ、君のお墨付きが貰えるなんてな。しかしこれで戦地に赴き呆気なく討ち死んだ日には、無念なんて言葉では言い表せないぞ」
「そんな時は来ない。君は上に行くべき人間だ、なんとしても俺が守ると約束する」
「君にそこまで想ってもらえるのも悪くはないな。だが君の足を引っ張るようなことだけは避けたい。...適材適所。私はセントラルで名を上げて、必ず君の力になることを約束する」
互いにそんな言葉を口にしてみればどこか気恥ずかしくなり、ノイは目の前にあった飲み物を一気に飲み干す。
ショーンもせっせとノイの目の前にある取り皿に自身の注文した食事の一部を差し出して、穏やかに共に過ごせる束の間の時間を楽しんだ。
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