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───...
人間相手にいつも通りの演習なんてできるわけがない。
そう考えて今回の手合わせに渋った様子を見せていたスレイドだったが、それを裏切るような形でショーンは素早くスレイドの背後へと体を滑り込ませる。
咄嗟のことにスレイドは地面を蹴って飛び上がると、まだ少しばかり痛みの残る右半身を庇いながら術を唱えた。
「獣爪覇化...!」
地面にその足がつく頃にはスレイドの手は獣のように灰色の毛並みを靡かせ、その爪先は鋭く伸びる。
ズザザ...と音を立てて体制を整え、先ほど自身の背後に回り込んだショーンに再び向かい合う形を取れば、ショーンはその口端をわずかに上げた。
そしてすぐに低い体勢から刀剣を横に構えるのが見えるので、スレイドはそれを真っ向から爪で受け止めた。
「...その剣だけでは僕に傷一つ付けることなどできませんよ」
「ああ、そんなことはわかっている」
「...なに?」
至近距離で見つめ合う形となったショーンに対しスレイドがそう声を掛ければ、ショーンからは想定外の返しがあり戸惑ってしまう。
そんなスレイドをよそに、ショーンは構えていた刀剣を呆気なく手放すと、すぐに身を屈めてその足を払った。
突然の出来事にスレイドは驚きはするものの、一介の人間の蹴りくらいでは足元が揺らぐことすらないだろう。
そう考えて敢えて避けるようなことをしなかったが、次の瞬間には思いのほか重い衝撃がスレイドの足を直撃する。
「...っ...、」
「相手が人間だからといって油断をするな」
体が倒れるほどの衝撃ではなかったものの、不意を突かれた行動とショーンからの言葉にスレイドははっとして気を引き締め直した。
そしてその鋭い爪を振り翳し足元に控えているショーンを捉えようとした時、今度は横に身を躱され、腕を掴まれる。
先を読まれているかのような状況にスレイドは慌ててもう片方の腕でショーンを掴もうとするが、それより先にショーンはスレイドの腕を思い切り引き込み、その動力を活かして地面を蹴り上げるとスレイドの肩に手をかけ直し背後を取った。
そして宙に舞ったまま、その腰から2本目の短剣を抜き去り、スレイドの首元へと突き付ける。
「...、な...っ...、」
「...たかが人間と見くびっていると、後悔することになる。よく分かっただろう」
余裕げに笑みを浮かべてショーンがそう呟いた時、スレイドは鼻をすんと鳴らして、自身の鋭い爪でその刀剣を薙ぎ払った。
勢いをつけ軌道を描いた爪は刀剣の鍔を捉え、ショーンの顔面の数センチ先を掠める。
そのまま投げ飛ばされた刀剣は地面に刺さり、スレイドは背後にいるショーンにゆっくりと向き直った。
「...見くびっていた、たしかに。すみませんでした」
「...」
「しかし僕にもアビスとしての意地があります。ここで貴方に負けるわけにはいきません」
スレイドは最後にそれだけ言うと、禍々しい光を宿していた手元から魔術を解き、目の前のショーンの腕を捻りあげるようにして上でまとめた。
「...ここまで、...で、いいですかね?」
「...チッ..」
ショーンはスレイドの問い掛けに自身が負けたことを悟り、苦々しく表情を歪ませながらも小さく頷く。
そうすればすぐに拘束は緩むので、ショーンはスレイドの手を振り払うようにしてその体を地面に着地させると、未だ刺さったままになっている刀剣を何も言わずに抜き取って腰元へと収めた。
「スレイド、よくやった!人間なんかにアビスが負けるわけねぇからな!」
演習を終えた後、場外へと戻れば仲間からそんな声を掛けられながらスレイドは出迎えられる。
そんな中、その演習風景を見守っていたガラフは意外そうにぽつりと呟いた。
「...すげぇや。あの人あんな動けたんだ...」
レミノからの指示とはいえ、快諾したもののすぐに降参するか、震える手で刀剣を構えることくらいしかできないと思っていた。
しかしショーンからはたしかな自信と、任された事案をやり遂げようと言う意志が感じられて、てっきりただの高飛車なぼんぼんかと考えていたガラフは予想を裏切られる形となった。
「...ダグラス、多少は使えるようになってきたな。お前にしてはなかなかに良い動きだったじゃないか」
「...!...い、いえ...ありがとうございます」
「しかしあれが実戦であれば確実に死んでいたな。今後もお前の父親の名に恥じぬよう鍛錬に励め」
「...はい」
まさかレミノからもそんな言葉が聞けるとは。
ショーンは思わず嬉しくなり入り口付近に控えるノイへと視線を向ける。
そうすればノイも小さく笑みを浮かべるが見えて、やはり自分自身が信じて積み重ねてきたことに無駄なことなど一つもなかったのだと、たしかな実感を得た。
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