代償

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「...グラベル曹長。すみません、お待たせしてしまいましたね」 「ああ、少佐。長旅お疲れ様です」 あの後ノイもそろそろラスタナに着く頃合いだろうとカノン達の家を出て教会前の石畳の階段に腰を落ち着けていれば、ブラーグの姿を見つけたノイが足早に駆け寄ってくる。 ブラーグは立ち上がり一礼すると、今回はどういった任務の運び方をすれば良いのだろうかと、何もわからないままノイに視線を向けた。 「...早速ですが宿へ向かいましょう。詳細はそこで」 「...はい、わかりました」 ノイはそれだけ言うと周囲の様子を一瞥して、どこか警戒した様子を見せながらぼんやりと明かりの灯る町の中を先導していく。 ◇◇◇ 「...それで、任務っていうのは?エルマーさんからは詳しいことは何も聞けていないので、一から説明をお願いしたいです」 「ええ。...そうですね、まずはこの任務の背景から話しましょう...」 ブラーグの言葉にノイは少しばかり表情を強張らせながら、今回の任務と、これまでにあった出来事を一つずつブラーグに話した。 ───... 「...まさか、そんな..」 「...」 「...パーゼントが禁忌破り(タブーブレイカー)とは聞いていましたが、...そこに軍が絡んでいるなんて...、にわかには信じがたい」 「ええ。信じられないのも無理はない。しかし今話したことは全て事実です。...明日からは私と共に研究施設に関して情報収集をお願いします。こちらの情報が組織にどこまで伝わっているかわからないのも現状。慎重に動きます」 「...はい、わかりました」 ノイから聞かされた話に、ブラーグは瞠目する。 それでもアビスフォースの指揮を担う3人が既にその話を共有したうえでこの任務があるということが、真実以外の何者でもないのだと悟らせた。 「そういえば、今日曹長は私が来るまでの間何をしていたんです?ずっと教会前にいたわけではないでしょう」 「ブラーグで良いですよ、みんなそう呼びますし。...そうですね、ここに着いてからは湖に程近い森の中で鍛錬に励んでいました。そこで人間の少年に出会いまして、その子の家で少々時間を潰していました」 「...人間の子供、ですか...」 ブラーグの話にノイは意外そうな反応を見せるが、それも無理はないだろう。 自分もまさかそんな事態になるとは想定していなかった。 「ええ。その子は名をレオナと言いまして、魔族の少年と生活を共にしています」 「...なるほど、珍しい話ですね。しかし何故人間と魔族が...」 「まあ、簡単に言えばアルヴェニア戦の孤児同士が共に生きているということでして。複眼族であるカノンという少年が、レオナの親代わりです」 「...そうですか。しかしまあ、種族の垣根を超えて信頼関係を築けているというのは喜ばしいことですね」 ノイはそれだけ呟くと、その顔に優しく笑みを浮かべる。 ブラーグからすると、人間と魔族の共存など夢のまた夢といった話だと思っていたが、それもやはり思い込みなのかもしれない。 「...少佐は何故魔族に偏見を持っていないんです?今までだって種族間のいざこざに遭遇することばかりだっただろうに」 「...ええ、まあ。私もその少年たちと同じように、昔に魔族と暮らしていましたから。忌み嫌いあう関係性など、何の生産性もない。共に手を取り合えるとわかっているからこそ、それができると信じています」 「...魔族と...、なるほど」 ───昔に魔族と暮らしていた。 今でこそアルヴェニア戦の終戦を期に表立って対立することは無くなったとはいえ、それ以前に魔族と関わりがあったというのは俄かには信じがたい。 かくいうブラーグも、この魔族そのものである見た目から人間から距離を置かれなじられることは日常的にあった。 「...共存なんて、できるんですかね」 「できる...と言いたいところですが、前途多難です。まだまだ種族間の溝は深い」 志を掲げるノイもそう言って曖昧に笑うので、ブラーグもそれはそうだなとどこか納得する。 しかしノイはゆっくりとその視線を上げて、ブラーグをまっすぐに見据えた。 「...それでも私はなんとしてもやり遂げます。貴方だって私に友好的に接してくれるでしょう。...その理由が何であれ、互いに歩み寄る気持ちさえあれば何とかなるものですよ」 「...それは、まあ...そうかもしれませんね」 過去に受けてきた迫害の痛みを知っているからこそ、他者にそんな行いはしたくないと心の底から思っている。 そういう意味では、ノイの言うとおり自身も「種族間の本当の意味での共存」を心のどこかで切望しているのかもしれない。 ───...兄ちゃん!俺、人間と仲良くなりたい。こんな見た目じゃ難しいかもしれないけど、みんなこの同じ世界に生きてるんだ。きっといつかは仲良くなれるはずだよね! 昔に弟から言われた無邪気な「夢」が、今になってブラーグの脳裏に鮮明に蘇った。
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