転機

3/4
155人が本棚に入れています
本棚に追加
/294ページ
「うわ、ノイ。またんなもん食ってんのかよ。そんな硬いパンより肉食えよ、今日は久々にポークソテーだぜ?」 「...別にいいだろ。というよりお前、俺より階級下なんだから立場を弁えて話せ」 「いいじゃん同い年で数少ない生き残った同期なんだし。...まあ、ノイ”少佐”は俺への周りの目を気にしてそんなこと言ってくれてるんだろうから、表では敬語使ってあげますよ〜」 「わかっているなら最初からそうしろ」 食堂の隅でいつも通り味の薄いスープと硬く美味くもないパンを口にしていれば、馴れ馴れしい様子で昔馴染みのガラフが話し掛けてくる。 奴は血の気が多く納得のいかないことは上に気の済むまで突っかかるものだから、この年次でも一等兵止まりだ。 そもそも一定の年次で受けることのできる昇格試験についても、まともに受けている様子はない。 しかしそんなガラフの不器用な生き方も、ノイは割と気に入っていた。 この腐り切った組織に身を置きながらも、ガラフとだけは今もこうして友好的に関係が続いている。 それが何よりの証拠だ。 「んで、アスリン中将はなんだって?わざわざ呼びつけられたってことはもしかして昇進かぁ?その歳で中佐昇格なんてまた噂に...」 「違う、その逆だ」 「...は?逆?」 「ああ。週明けには第6区配属だと。」 「...待て待て待て、何で...!ですか」 「前にも話しただろ、ダグラス中佐の件で飛び火を食らった。どうも上層部は俺のことが気に入らないらしい。俺が扱いづらいやつだとわかったら尚更な」 ガラフの取ってつけたような敬語を鼻で笑いそれだけ伝えれば、その瞳はすぐに怒りに染まる。 この反応は想定内だが、これ以上揉め事を起こしてガラフまで巻き込むのはいただけない。 ノイは何かを言い掛けるガラフを視線で制した。 「俺がいなくなっても上手くやれよ。お前はいつも無鉄砲過ぎて、見ているこっちがヒヤヒヤする」 「...っ..、でも、...第6区なんて無法地帯だろ。あそこは今でも殉職者が多く出てるし、何でわざわざそんな所に行かなきゃ...」 「上は俺がそこで殉職するのを望んでるんだろう。まあ今更何を言っても無駄だ。せいぜい上の望まぬ結果になるよう健闘を祈ってくれ」 未だに納得のいっていない顔をしているガラフは何かを考え込むように視線を伏せ、その拳は固く握られている。 第6区、所謂無法地帯。 この国も数年前までは魔族と人間の争いが絶えず、その第一線でノイも死闘を繰り広げてきた。 しかしその不毛な争いにも終止符が打たれ、今では互いに条約を締結し少しずつ共存の道が歩まれている。 しかしそんな条約も名ばかりで、未だに魔族と人間との間には血生臭い歴史に基づいた確執が根深く残っている。 とはいえ最近ではセントラルに移住する魔族も見掛けるようになったし、共存は着々と進んでいるのだろう。 軍にも魔族はそれなりに存在し、互いに牽制し合いながらも統率は取れているように思う。 しかし、第6区は違う。 あそこは未だに両者の過激派がなりを潜め、その対応には軍も手を焼いていると耳にしている。 穏やかではない異動先には辟易とするが、それを乗り越えてまたここに舞い戻ってやる。 ノイはこの腐り切った国を変え、種族など関係なく本当の意味でみんなが心穏やかに過ごせる世界を作りたい。 そんな幻想にも近い想いに本気で賛同してくれるのは、今のところ目の前にいるガラフと一部の仲間だけではあるが。 「...理不尽だ」 「俺に対してそんなことを思ってくれるのはガラフ、お前だけだろうな。まあお前もせいぜい頑張れよ。あと俺には敬語を使え」 「...」 顔を上げたガラフにはいつものような血の気の多さは感じられず、妙に弱々しいその姿に少しだけ心の奥が痛んだ気がした。
/294ページ

最初のコメントを投稿しよう!