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「本日付で北部支部、第6区配属となりました、ノイ・コリンズです。至らぬ点あるかと思いますが、誠心誠意、職務を全うする所存ですので、よろしくお願い致します」
配属初日。
本部からの移動スケジュールは息つく暇もなく、部屋に荷物を置いて一息着くなんて時間もないまま、車を降りたらすぐに大佐のいる部屋へと通される。
車の中でいくらか寝たとはいえ、長時間の移動に体は疲弊している。
それでもノイは目の前の上官に失礼がないようにと、抜かりなく挨拶を済ませた。
「...あー、うん」
「...?」
しかし返ってきたのは予想もしていない曖昧な相槌で、ノイは不思議に思い目の前の人物に視線を向けた。
「...随分とお堅い感じだね。セントラルの人達ってみんなこんな感じなのかな?」
「...と、いいますと...」
「いやいや、良いんだよ。うん、これからよろしくね。僕はこの北部に勤続して15年ほど経つ古参のルーエン・ハイエンです。その前は東部にいたんだけどね、こっちの手が足りないって呼ばれてからずっとここに置かれてるの」
「...はい、...改めましてよろしくお願い致します」
ルーエンは本部の上層部とは違い随分と親しみのある笑みを浮かべると、掛けていた眼鏡をくいと押し上げる。
そしてもっと近くに寄れとでも言うように、ノイに向けて手をこ招いた。
「実はね、君を指名するようにと助言してくれたのはオルガド元大将なんだ」
「...え?」
「君、見かけによらず随分と太いパイプを持っているようだね。とにかく君は適任だと。セントラルから理不尽な左遷となってしまって君としては不本意かもしれないけれど、僕たちは優秀な君をみすみす逃す手はないなと思ってね。来てくれて助かったよ」
「...」
先程から話が見えない。
ノイは聞き覚えのある懐かしい名前に脳裏に浮かぶ出来事を思い出しながらも、目の前に座るルーエンを真っ直ぐと見据えた。
「...私は今日から一体何をすればいいのでしょうか」
「うん。...君も噂には聞いたことはあるかもしれない。第6地区の荒れ果てた現状をすんでのところで食い止めている特殊部隊、アビスフォース。君はその部隊の補佐官として任に当たって欲しい」
「...補佐官..ですか」
───アビスフォース。
ルーエンの言う通り、その存在は知っている。
現在魔族と人間の抗争は以前と比べ目に見えて減少している。
しかしそれでも過激派は存在していて、この第6区は昔から変わらずその激戦区として名を轟かせてきた。
そんな中、それを鎮圧するために結成されたいわば各地区のエリートが招集された特殊部隊。
それがアビスフォースだ。
しかし、何故そんな精鋭揃いの部隊に自分が補佐官などという立場で命を課されることになったのか。
適任で言えば、もっと他の人材もいるはずだ。
それにそもそも彼らは「補佐官」を必要としているんだろうか。
「...ふふ、まあそんなに深く考えないで。最近は制圧対象の魔族も人間も、以前にも増して過激化しているんだ。そこに人手がいるだけという話さ。あの部隊は精鋭揃いだけれど、少々癖のある隊員も多くてね。本部で最年少でキャリアを築いている君になら、そのあたりも上手くやっていけるでしょう?」
「...それは、買い被りすぎです」
「どうかな。こう見えても僕、人を見る目だけはあるから」
ルーエンはそれだけ言うとまた眼鏡を指で押し上げて、不敵な笑みを口元に浮かべた。
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