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「とりあえずまずは顔合わせと行きたいところだけれど、生憎部隊は今任務に出ていてね。夜には戻る予定になっているから、それまではゆっくりと部屋で休むといい」
「...はい」
ルーエンはそれだけ言うと、机の上に置いてあるこの部屋には似つかわしくない可愛らしい装飾のされたベルを、慣れた手つきでちりんと鳴らす。
それと同時に廊下へと続く扉が勢いよく開かれて、随分と大柄な青年が姿を現した。
「スコット君、ノイ君を部屋に案内してくれるかな。あと今日のランチは最近できたヴィーナスポートでいただきたいから、その予約も」
「...大佐、俺はあなたの小間使いじゃない。ランチの予約は自分でやってください。...少佐、案内します。こちらへ」
セントラルではあり得ない軽いやりとりに思わず瞠目するが、すぐに向けられた言葉に頷いてスコットと呼ばれた男の後をついて行く。
「...部屋は別棟になるのでここから少し遠いですが、そちらにも衣食住に必要なものは近場で揃えられるよう環境は整えてあります」
「...ああ、わかりました」
相手のことをよく知らぬままそんなことを言われ、ノイは戸惑いながらも頷いてみせる。
しかしこれからも少なからず関わりがあるであろう目の前の男の素性くらいはやはり知っておくべきだろう。
部屋に着くまでの長い道のりで今は時間もある。
「...君、すまないが名前を伺っても?」
「...え?...あ、申し遅れました。俺自己紹介とか何もしてませんでしたね。失礼しました」
本当に忘れていただけなんだろう。
ノイの申し出にスコットはその大きな体をびくりと震わせて、歩みを止めぬままノイへ顔を向けた。
「...スコット・ウッド、階級は一等兵です。...前までは戦場にも多少は赴いていたんですけど、今はもっぱら大佐の小間使いやらされてます。」
「...なるほど。先程のやりとりからも、大佐とは随分親しげに見えました。配属されてからということは、大佐とも長い付き合いなんですね」
「...ああいや、長い付き合いっていうのは間違ってないですけど、ここはセントラルと違ってそのあたりはだいぶ緩いですよきっと」
...そういうものか。
セントラルと各地区でこういった違いがあるのかと納得しつつ、その幼さを残す顔付きで笑うスコットからノイは視線を逸らした。
広大な土地を有する地方ならではの広々とした建物は、一人では迷子になりかねない。
ノイはスコットの後を追いながらも、最低限の順路を頭に叩き込んだ。
すると少し歩いた先で、明らかに今までとは雰囲気の違う重厚な鉄の扉が目に入る。
扉の横には「関係者以外の立ち入りを禁ずる」と走り書きのような荒れた文字で立て札が掛かっており、スコットはその扉を前にしていささか緊張した面持ちを見せた。
「...この先に部屋が?」
「はい、そうです。普段は俺もあまり足を踏み入れないので、少々緊張してしまって。この先は特殊部隊、今は魔族のみがその部隊に属しています。付き合いとしては長いものですが、やはり人間と魔族では考えも違うようで」
「....」
ただ自分の部屋に行くだけだというのに、随分なその前置きは逆に不安を煽る。
ここに長らくいる彼らにとってこの扉の向こうが異質な空間なのだと理解して、スコットが意を決したようにドアノブを握るのを、ぼんやりと見つめた。
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