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第1話 その日の朝
目覚まし時計の時刻表示は6時29分。
アラームは6時30分にセットしてある。
今日も目覚ましに勝ったぜ……
僕はベッドから起きて目覚まし時計を手に取った。
秒の表示が進む。
57……58……59……
「ピッ」
アラームが鳴ると同時にストップボタンを押して止める。
完全勝利。
「さーて、今日も良い目覚めですよん」
そう独り言を言って僕はベッドを降り、窓のカーテンを開ける。
7月7日のこの時間は、もうかなり明るい。
全国的には七夕だけど、僕の住んでる地方では月遅れで8月7日。
でも母さんがいつもTVで見てる朝の情報番組では七夕の話題をアナウンサーが言うんだろうな、そんな他愛ないことを思いながら、僕は窓から差し込む光を浴びて大きく伸びをした。
パジャマ替わりのジャージから、学校指定の緑のジャージに着替える。
緑のジャージは2年生。
3年生は淡い青で、妹のめぐの学年の1年生は落ち着いた紺。
背中のゼッケン、昨日剥がれそうになっていたので母さんに頼んで縫い付けてもらったけど、綺麗に着いている。
でっかく「池田耕太」。僕の名前だ。
自分の名前は嫌いじゃないけど、ちょっと平凡っていうか、地味だなって思う。
昨日の晩に母さんが出してくれた中学の制服がちゃんとバッグに入っているのか確認したあと、僕はバッグを持って自分の部屋のドアを開けて廊下に出た。
これから朝ご飯を食べたら、部活の自主練だ。
今年は先月行われた地区大会で2位に入ったので、7月後半には僕の部活、サッカー部の県大会がある。
それに向けて、公式な部活じゃないけれど、始業までの間部員で集まって練習しているんだ。
僕ら2年生にとっては初の県大会。
3年でキャプテンの小倉さんは最後の大会だから気合いが入っているみたいで、顧問の中山先生に頼みこんで朝の自主練をやらせてもらうようにしたらしい。
例年地区大会で敗退してる、何の変哲もない田舎町の中学のサッカー部が今年突然県大会に出ちゃうなんてね、付き合わされる中山先生も大変だ。
僕も一応地区大会ではレギュラーの右SBを任せてもらってたから、朝の自主練は参加しないといけないのだ。
それって自主練なのか? と言われるとどうかな~。
でも、自主練では結構ボールを使って好きなプレーの練習ができるから楽しい。
廊下に出ると下のキッチンから味噌汁の良い匂いが漂ってくる。
僕の家は朝はご飯と味噌汁だ。
ご飯に焼きたらこで十分いけるけど、母さんはバランスよく栄養を摂らないと成長しないわよ、と言って色々とおかずを作ってくれている。
父さんは地元のJAに勤めているけど、今日みたいな天気のいい日の朝は家の畑に行って農作業をしている。
多分僕が顔を洗ってる時に戻って来るだろう。
僕は階段を降りて廊下の突き当りの風呂場の流しに行くと、水道のカランを上げて水を出して顔を洗った。
父さん、まだ戻って来ないけど、まあ先にご飯食べてもいいよな。
妹のメグも、ばあちゃんもまだ寝てるし、うちは全員揃わないとご飯を食べない、みたいな決まりはない。
時々父さんの方が遅く戻ることもあるので、僕は気にしないで台所兼ダイニングに入る。
リビングダイニングの端に置いてあるTVには、歯磨き粉のCMが流れている。
味噌汁の匂い。
いつもと変わらない。
でも何か、いつもの朝とは違う感じがした。
キッチンカウンターの向こうで、いつもなら何かを作っている母さんの姿がない。
それに何となく埃っぽい。
「おはよー、母さん、朝ご飯は?」
母さんの姿は見えないけど、キッチンカウンターの下の棚から何かを取り出そうとしてしゃがんでいるのかな、と思い、そう声を掛けながらキッチンカウンターの裏に回る。
そこに母さんの姿はなく、床には砂のようなものが山になっていた。
その上を砂埃みたいなものが朝日の中をゆっくりと舞っている。
「え……?」
一瞬、頭の中が混乱する。
何、この状況、何でこんなところに砂……?
「ピイィィィィ!」
突然の音に我に返って音がするところを見ると、コンロに掛かったケトルの湯が沸いて、蒸気を吹き出しながら鋭い音をさせている。
僕は慌ててコンロに駆け寄り火を止めようとしたけど、床の上の砂の山のことを忘れて足を砂に突っ込んでしまった。
どうにかコンロの火を消したけど、床の砂はかなり砂粒が細かいみたいで砂埃が舞い上がり、僕は思い切り砂埃を吸い込んでしまった。
床にしゃがみこみ、ゴホゴホと咳込む。
目を閉じても涙がにじむ。
どうにか落ち着いて目を開ける。
砂埃はまだ少し舞っているけど、さっきよりは落ち着いている。
僕が足を突っ込んで崩れた砂の山。
かなり粒が小さく、砂というよりも粉に近い。
その崩れた砂の山に、何かが埋もれている。
最初に見た時は完全に埋もれていて見えなかったんだろう。
僕はその砂に埋もれた四角い平べったいものに手を伸ばし、拾い上げた。
それは、電源が入ったスマートフォンだった。
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