中学生惑星

第3話 朝ごはん

　おばあちゃんの布団の裾から少しづつ零れ落ちる砂。

　布団に置いた手を動かすこともできずに、僕はただ固まっていた。

　「どいてっ！」

　動けない僕をめぐが突き飛ばした。
　僕はそのまま畳の上にへたりこんでしまった。

　めぐは掛け布団をめくる。
　僕が崩してしまってベッドの上に広がった砂が露わになり、細かい砂埃が舞って、めぐもさっきの僕のように咳込んだ。

　「何この砂？　おばあちゃん、どこ行ったの、どうしちゃったのよ……
　お兄ちゃん、知ってたの？　何なのよこれ！」

　そう言って少し咳込みが収まっためぐは僕を睨みつける。
　僕を睨むめぐの瞳が段々と潤んでくるのは、咳込んだせいだけじゃないだろう。
　でも……

　「僕だってわからないよ！　朝起きてダイニングに来たら母さんが居なくて、キッチンカウンターの床に沢山の砂があって……コンロで湯を沸かしっぱなしにして母さんがその場を離れるなんて今までなかったし、だから……おかしいなって思って母さんを探そうとしてたんだ。そこでめぐとぶつかったから、僕だってわからないよ！」

　僕も自分の不安な気持ちを、つい大声でめぐにぶつけてしまった。

　めぐは泣くのを我慢していたんだろうけど、とうとう瞳から膨らんだ涙の粒が流れ落ちると、こらえきれずに声を上げて泣き出してしまった。

　「ふぐっ……おばあちゃん……意地悪しないで出て来てよぉ……もうワガママ言って困らせないからぁ……」

　めぐが泣くのを見るのは、小学校低学年の頃以来だ。
　その頃はめぐも僕と一緒に近所のオグちゃんやタダシくんたちと遊んでたけど、負けず嫌いのめぐはタダシくんの家のレースゲームの複数対戦で負け続けたことに癇癪を起して、それを僕とオグちゃんがからかったことが悔しくて泣いたんだった。
　それ以来めぐは僕とあまり口を利かなくなり、何となくお互いに喋らずにギクシャクするようになっていた。

　僕は立ち上がると、一度おばあちゃんの部屋を出て、またダイニングキッチンへ向かった。
　TVはまだずっと無人の情報番組のスタジオを流し続けている。
　僕は不安を掻き立てられるのが嫌でTVを消した。

　そしてキッチンカウンターの中に入り、食器棚から僕の分とめぐの分のお茶碗とお椀を取り出し、炊飯ジャーからご飯をよそってキッチンカウンターの上に母さんが用意してくれていたおかずの載ったトレーに置く。
　足元の砂を何だか踏んだらいけないような気がして、避けながら。
　鍋のみそ汁も、冷めて温くなっていたけどお椀によそってトレーに置く。

　そして2人分の朝食をテーブルに並べた。

　おばあちゃんの部屋へ行くと、めぐはまだしゃくりあげて泣いていたけど、さっきよりは落ち着いたように見える。

　「めぐ、朝ごはん食べよう。用意したから。せっかく母さんが作ってくれたのに冷めちゃうよ」

　そう言って僕はめぐの手を引いた。
　めぐは嫌がるかと一瞬思ったけど、僕の手を振り払ったりもせずに大人しくダイニングまで着いて来た。

　めぐの席の椅子を引いて、めぐを座らせる。
　僕も席に座って「いただきます」と言って食べ始めた。

　みそ汁に口をつける。
　みそ汁は、キャベツ、にんじん、卵を落とした具沢山。
　僕はこのみそ汁が大好きだ。野菜の優しい甘みが出ていて美味しい。
　おかずは今日は純和風だった。
　塩じゃけ切り身、ほうれん草のおひたし、きゅうりとワカメとちくわのマヨネーズ和えにベビーホタテのバター焼きが2つ。
　塩じゃけの切り身から骨を外して、自分のご飯の上に乗せ、食べる。
　食べだすと止まらない。
　塩じゃけの甘じょっぱさでご飯が進む。
　途中でベビーホタテもつまむ。
　バターの香ばしい香りが僕の鼻孔を通り抜け、ホタテの弾力のある噛み応えの後、ほのかな甘みが喉を通り抜ける。

　ふとめぐを見ると、朝食に手を付けようとせずにうつむいている。
　何か声をかけようと思って出てきたのは「ごめん、ご飯多かったかな」っていう間抜けな言葉だった。
　この頃、めぐとは本当に一言二言しかしゃべっていない。
　妹だけど、何か構えてしまってうまく言葉が出ないんだ。
　ヘタに話しかけると物凄く言い返されるのがわかってるから。
　僕も学校では良くしゃべる方だけど、口ではめぐに勝てない。何であんなに的確にグサッと心にクる悪口を言えるんだろうな。

　「……ティッシュ」

　僕は気まずい原因を考えながら食べていたせいで、めぐが言った言葉が一瞬解らず「へっ？」と聞き返してしまった。

　「ティッシュ、取ってよ、気が利かないなあ！」

　鼻声でめぐが言う。
　ほら、一言余計だ。
　僕はそう思いながらもボックスに入ったティッシュを数枚取ってめぐに渡した。
　めぐは、ティッシュを受け取ると鼻をかんで、TVの横にあるごみ箱に丸めたティッシュを放った。スポッとティッシュがゴミ箱にナイスインする。

　その後「いただきます」と言ってめぐも朝食を食べだした。

　「……量は、これくらいでいいよ」

　めぐがぼそっとそう言ったので、何か照れた僕は僅かに残ったおかずを全て口に掻き込んだ。
　何で妹に照れにゃならんのだ、と思ってみたが、めぐが僕に感謝っぽい言葉を言ったことなんて随分なかった。何かちょっぴり嬉しい。
　それを隠すために最後にみそ汁も一気に飲み込んだ。

　「ごちそうさま」

　僕は急いでそう言うと、立ち上がりトレーを持って流しへ行った。
　食器を水に浸してからスポンジに洗剤をつけて食器を洗う。
　洗い終わってタオルで手を拭いた後、まだ朝食を食べているめぐの傍に行き、ポケットからスマホを取り出してテーブルの上に置いた。

　「僕はちょっと外見てくるよ。父さんまだ外にいる筈だし。
　めぐは朝ご飯食べ終わったら、このスマホで何か情報探しといてよ。
　母さんが戻って何か言っても、僕がやらせたって言って良いから」

　僕はそう言い残して、玄関から表に飛び出した。