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第十三話 1人 vs 15−13人
伊緒を抱き上げ、背を向けようとする六堂の肩を強く掴むリーダー。
「待てこるぁ!」
その様子を見て、騒めく部屋の男たちは伊緒のことを“下に置け”やら“服を脱がせろ”などと叫んだ。
騒がしさに、六堂は鼻でため息をつくと、肩をスッ引き、リーダーの手を外した。
握力に自信があったのか、いとも簡単に手を外されたリーダーは、少し目を広げた。
「…やっぱダメ?このまま“さようなら”は」
首を傾げながら尋ねる六堂は、眉毛を八の字にして部屋を見渡した。
「ああ、ダメだね。このビルに来た時からお前の死は確定なんだよ」
リーダーは怒気を込めた目で睨みそう返すと、周囲の男たちはゲラゲラ笑いだし、
「はいざんねーん!」
「言い残すことはあ?」
と、六堂に向かってバカにする発言を次々発した。
六堂とて簡単に出られるとは思っていたわけではない。極力争い事に巻き込まれたくないだけだった。
それに、部屋の奥の二つのソファーに、下着姿の女性がそれぞれ座ってるのが目に入っている。怯えてる雰囲気から、彼女らがここいる男たちの“女友達”ということはなさそうだとは察していた。
「そうか、俺、死ぬんだ?」
惚けた顔で聞き返すと、リーダーは苦笑した。
「哀れな男だな。ここがどこか知らないで入ったのが、お前の運の尽きだ。迷探偵」
六堂は首をゆっくり横に振ると、リーダーの横を通って部屋の奥に歩を進めた。
出入り口に向かおうとせず、わざわざ奥に行く六堂に、逃げることを諦めて観念したのかと思った。
「いいや……知ってたさ、半グレ組織“Poisons eye”。このビルが活動拠点で、あんたはリーダーの長谷部 英之。目印はその腕の“髑髏の瓶”のタトゥーだ」
六堂がそう返すと、組織のリーダーこと長谷部は目を細め、さらに怪訝な顔をした。
「…知ってて来たのか?ここが“Poisons eye”の拠点だってことを」
「まあねぇ、だからこんな“物騒な所に入りたくない”って言ったんだよ」
「…貴様、いい度胸してやがんな」
そう言い、長谷部は顔と目で合図をすると、男たちは一斉に特殊警棒やナイフ、鉄パイプといった武器を取り出し、手にした。
振り向くことはなかったが、後から聞こえるガチャガチャとした音と様子から、男たちが武器を手にしたことのだろうと、六堂は察した。
「…やめとけって、探偵は拳銃持ってるんだぜ」
「はあ?それがどうした?この人数を拳銃一丁で切り抜けられると思ってんのか?」
「いいや、思ってないさ。でも、最初の何発か“喰らってもいいぞ”って、お前に対して中義心のある奴はここにいるのか?」
少し真面目な口調でそう問われると男たちは一瞬左右の仲間達とチラチラと目を合わせた。
「お前ら!一々動揺すんなよ…」
そんな長谷部の声に、男たちはハッとさせられ、互いを見合うのを止めた。
「確かに弾丸を喜んで喰らいたいって奴ぁそうはいねえ。でもな…」
長谷部は背中のナイフホルダーから、大きなジャックナイフを取り出すと、自信たっぷりにドス黒い笑みを見せた。
「…俺は拳銃が相手でも戦えるぜ」
長谷部の発言は、ハッタリではないことを六堂は知っていた。
“Poisons eye”は、この辺りをシマにしている本職も手を焼いている半グレ組織であるが、その理由の一つが、リーダー長谷部の戦闘能力の高さにあるという。
本職と比べて、半グレは銃器の類を所有していることは少ない。
時々シマを荒らしに対し、本職の粛清を受けることがあるが、その際に銃を向けられれば、半グレと言えどさすがに“腕っ節の良さ”だけでは敵わない。
だが、長谷部のように相手が銃を持っていても、怯むことなく戦える実力者もいる。
彼の隣に立つ、鶴田もそうだ。
六堂は、事前に桐谷からその情報を聞いていた。
――さて…どうするか。数もいるし、見境ない連中だからな半グレは…
義理人情や、誇りのある、本職と異なり、半グレはルール無用だ。平気で、自分より気を失っている伊緒に危害を加えようとするだろう。
だからといって、伊緒を抱き抱えたまま戦うとなれば、周囲の有象無象とて、こう多くては厄介だ。それを差し引いても長谷部と鶴田を相手にするには、手を塞がれていては無理だろう。
六堂はそのことを踏まえ、奥まで進むと、二つ並んでいる左の方のソファーに、伊緒そっと置いた。
部屋にいる男たちは横並びに壁になり、入り口を塞ぎ、六堂たちが逃げられないようにした。
そんなことは気にしないといった風に、六堂は戸惑う女性二人に話を掛けた。
「君たちは、何?借金担がされたクチかい?」
女性二人は互いを見合うと、怯えながら、こくりと頷いた。
「そうか。ちょっと悪いんだけどさ、この娘見ててくれるかい?君らを助けてようとして、こうなったんだ」
右のソファーにいた女性も左側に移り、二人は伊緒に寄り添った。
その様子を確認した六堂は、「ありがとう、頼むよ」と微笑んだ。
そして次の瞬間だった。
男たちには見えなかったが、柔らかかった六堂の目つきが急に変わった。
そしてまるで風のような速さで踵を返すと、いつホルスターから抜き取ったのか、携行していた拳銃を、すでに片手に持っていた。
男たちからすれば、“度肝を抜かれる”どころの話ではない。
向けられた銃口に驚く間すらなかったからだ。
バンバンバンッ!という乾いた銃声と共に、あっという間に三人が撃たれた。そしてさらに、四人、五人と撃たれていく。
六堂の早撃ちだ。
合間なく鳴り響く銃声はまるで機関銃。六堂は何の躊躇もせずに、右手に持った“グロック17”を左から右に向かって只管に発砲していった。
次々に倒れていく半グレの男たち。そして床に落とす特殊警棒やらナイフが金属音を響かせる。
十五発を撃つまでに掛かった時間、およそ三秒。
十五発目の薬莢が床に落ち、チャリンと音を立てて転がると、六堂は銃口を上に向けた。
「うう、いでえよお」
「なんだぁ…こいつう」
「頭…おがしいぜ」
うめき声や泣き言を哀れに叫ぶ男たち。長谷部と鶴田を除く十三人が、手や肩、脚から血を流し、床に倒れた。
銃声に驚いた女性二人は、目を瞑り、伊緒を抱き締めており、六堂は振り返り「ごめんね君たち、驚かせて」と苦笑しながら謝った。
「この…どんだけぶっ飛んでんだ!クソ野郎!」
六堂の雰囲気と、やることのギャップに、驚いた長谷部はキレながらも、冷や汗が背中に流れるのを感じた。
「“子猫探し”の他に、“害虫駆除”の依頼も受けてたのを思い出してね」
「が、害虫…?」
「冗談だ。別にこいつら死にやしないよ。皆急所は外している。“面倒”だから一気に大人しくしてもらっただけさ」
「め、面倒……だ?」
「そ。守るものがある方は、戦うのも一々大変さ。しかしまぁ、どいつもこいつも…“一発喰らっただけ”で情けない声あげて、弱者には強気だが、実際の根性は皆無だな」
ため息を漏らしながら、目線を長谷部と鶴田の方へ向ける六堂。
「とはいえ、やっぱりお前ら二人は仕留められなかったな。今、残り三発入ってるけど、これを撃ってもどうせ避けちまうよな」
六堂は拳銃を横向きに振りながら、倒れる仲間たちを見ている長谷部に言った。
「…仲間こんなにしやがって。鶴田、お前どう思う?こいつ、殺して終わりでいいか?」
長谷部に振られた鶴田は、ポケットからナックルダスターを取り出し、左右の手の指を通し握りしめた。
「…そうッスね。“ただ殺す”のではなく、苦しみ抜いて死ぬことになる、というところですかねえ」
六堂は、脇のホルスターに拳銃を入れると“はいはい”と言わんばかりの頷きを見せる。
「…分かった分かった。邪魔者は片付けたし、ここからはそっちのルールに付き合ってやるよ…鶴田 皇士」
眉根を寄せる鶴田。
「俺を……知ってるのか?」
「ああ、プロボクシング元フェザー級日本ランカー。俺、中学の時、あんたを応援してたんだ」
六堂の言ったことに、難しい顔を見せる鶴田。そんな彼に、六堂はボクシングっぽい動きを真似て話を続けた。
「…1990年のカード、国内一位の時任戦。戦慄のワンツースリー!1ラウンドKO勝ち。あれは燃えたねえ…。最後の右フックの前にはもう時任は意識がなかったよなぁ」
鶴田は苦笑した。
「…あれを見てたのか」
「テレビは“時任押し”だったよな。まだ当時、メディアはあんたに注目してなかった。注目していたのは、あんたと同じ所属ジムの井永 恵介だ」
“井永“、自分を裏切ったジムメイトの顔を思い出す鶴田。
「でも俺は思ってた。当時、フェザー級で世界王者に最も近い日本人はあんただってね。井永なんて問題ないくらい実力差があった」
「…お前、中坊の時に、俺と井永、どっちが強えか理解して見ていたってのか?お前もボクシングを?」
「いいや、プロボクシングの細かいことは知らない。ただ…俺はどの選手が強いか、動きで分かるんだよ」
六堂が澄ました顔でそう言うと、鶴田は大声で笑った。
「ボクシングの経験もねえガキがそんな偉そうなこと思って見ていたとは笑えるぜえ」
「ボクシングはやってなくても、“戦う術”を知っていれば、格闘戦においてはどっちに技術があり、どっちが強いか、どんな競技でも分かるもんさ。空手でも柔道でもね」
鶴田は笑うのを止めると、両拳を構えてワンツースリーのシャドーを見せた。
速い。腕の動きが全く見えないスピードだ。
「…どうだ?時任の時より速えだろ。その目利きらしいお前から見て…どうだ、俺とお前、どっちが強い?」
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