第十四話 格闘技 対 武術

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第十四話 格闘技 対 武術

 六堂は、人差し指で頭を掻きながら、困った顔を見せた。 「どっちが強いか、かぁ」  鶴田の“マッハパンチ”を見せつけられても、どこか余裕に見えなくもない六堂の様子に、長谷部は少し不愉快に感じた。 「お前、今のこいつのパンチ見て、まさか自分の方が強えかも…とか思ってんの?」 「え?ああ……まぁ、今のパンチは間違いなく避けられないけどね」 「何だ、分かってんじゃねえか」 「でもま、とりあえずさ、あんたらをやっつけないと、ここから出してくれないらしいから、頑張って挑戦させてもらうよ」  六堂は拳を顔の前に置くと、重心を真っ直ぐに立てて、アップライト気味にどっしりと構えた。    大人しく降参せず、戦う気の六堂にイラつく長谷部。 「こんなムカつく奴、初めて見たぜ。鶴田…頼むから俺の分も取っておけよ」 「はい、ボス」  頷いた鶴田は、リズミカルなステップを踏み始めた。 「さっきのガキは小さく少しやりづらかった。お前の方が攻撃を当てやすそうだ」 「怖い怖い…、出来れば当てられたくはないなぁ。一発で意識飛ぶだろうな、あんたのパンチ」 「喰らってみれば…分かるさっ!」  鶴田は、距離を取ろうとする六堂が、“自分からは仕掛けない”と悟ると、伊緒にも見せた離れた距離からの右ストレートを放った。  ノーモーション、そして一足飛びで距離を詰める超スピードから放たれる強烈なパンチに無駄な動きはなく、瞬きの間も与えない。  おまけに今はその拳にナックルダスターを装着している。まともに喰らえば即死の可能性もあった。  だが鶴田のその超速の右拳は、六堂の鼻に触れる寸前で届かなかった。 「…ぐっ!」  同時に腹部に強い圧迫感を感じ、声を漏らす鶴田。  六堂は急接近する鶴田に対し、左足をピンッと“つっかえ棒”のように前に突き出していた。  キックボクシング、ムエタイでいうところの“ストッピング”だ。  強い体幹とバランスで構成される、直進的なタイプにとても効果的な防御の技。  どんなに接近する力が強くても、真っ直ぐ伸ばした脚が、つっかえ棒の役割を果たし近づかせない上に、自分と相手との距離を保つことが出来る。  相手は自らの飛び込む力で腹部にわずかながらダメージを受けるという、おまけつきだ。  鶴田がどんなに速かろうと、“真っ直ぐ来る”と分かっていれば、あとはタイミングよく脚を真っ直ぐ突き出すだけであった。  鶴田の突進を止める六堂の体幹もかなり強いのだろう。  そして六堂はほんの僅かにバランスを崩した鶴田を見逃さなかった。  前に突き出していた左足をそのまま下ろし、大股で一歩踏み込む格好で左拳を大きく突き出した。  六堂の“その動き”を、鶴田は長年の経験からボディストレートだと認識した。  元ボクサー故、パンチに関して一流の勘と動体視力を持つ鶴田は、六堂の無理な体勢で突き出した拳が、自分の腹部(ボディー)を“打ち抜くことはない”と確信し、逆にカウンターを狙った。  ところが、次の瞬間に起きたのは、鶴田がまったく予想していないことだった。  ぐんっっ!と、自分の体が強い力で引き寄せられたのだ。    経験が逆に仇となった形の鶴田。  六堂の放った拳は、腹部(ボディー)を狙ったストレートではなく、鶴田の着ているシャツを掴み取る動作だった。  確かに鶴田の目測通り、腹部を突き抜ける打撃ではなかったが、シャツを掴み取るのに開いた手が届けば、次の一手に繋げるのに六堂は十分だ。  ここからは“六堂タイム”だ。  鶴田は、自分が何をされているのか理解できないまま、“グルグル”と引っ張り回され、打撃をもらい、最後は床に転ばされていた。  その様子を見ていた長谷部も、一体何がどうなったかのか、よく分からないでいた。  鶴田が受けた攻撃は三発。  “ボディストレート”という認識でいた鶴田にとって、“シャツを急な力で引っ張られる”というのは、まさに予期せぬもの。人は“来ると分かってるもの”に対しては、反射的に身構えて身を守る行動に出るが、予想しないものに対しては無防備となる。  足をもつらせ気味に六堂の方へと引き寄せられた鶴田は、その勢いで最初に“頭突き”を喰らった。  “引き寄せられる力”と、“六堂自身が真っ直ぐ突き出す額の威力”は、パンチで受けるものとは異なる衝撃だった。特に、伊緒の膝の直撃も喰らった顎への頭突き。よりダメージが深かい。  六堂は、ふらついた鶴田のシャツを更に引っ張り込みながらバックステップした。すると“倒れまい”と耐えようとする鶴田の体は”くの字”に引き寄せられ、頭部の位置が下がった。  その頭部に右肘を叩き込む六堂。  そしてまだシャツは離さない。  まるで社交ダンスでパートナーと回るように、引き寄せた鶴田と自分の立ち位置を交差させ横に移動、そこに左ハイキックを放った。  このシャツを引っ張り回す手法は、鶴田の得意とするパンチやステップといった技術を完全に封じ込めた。  衣服を掴まれ振り回されては、パンチを出そうにも出せない。その上、ステップもくそもない。打撃に都合のいい距離にもならない上、ただ操られるままだ。  頭突き、右肘、左ハイキックと三発の攻撃を喰らい、完全にグラついたところで、六堂は右足を鶴田の後ろに添えた。  すると、鶴田は六堂の右足に(つまず)く形で、背中から仰向けに倒れたのだった。  鶴田がストッピングから床に転ばされるまで、約四秒。  空手と柔道を足したようなこの技術は、裸で行うことの多い“格闘技“で体験することはない、衣服を利用した“実戦武術”ならでは。  鶴田が参戦している地下格闘技も、裸や、アンダーシャツで試合をすることが殆だ。そして路上の喧嘩でも、高い打撃技術で相手に何もさせないで倒してきたことで、衣服を捕まれる経験はあまりなかった。  ちなみに六堂は衣服を掴んでの技術を“葉月スペシャル”と命名している。かつて、葉月から武術を習っていた頃の応用なのだ。 「はい、おやすみぃ」  六堂は、鶴田にとどめの突きを顔面に食らわせた。ドゴッ!と、鈍い音を立てると、白目を剥いて、鶴田は気絶した。  銃で撃たれて悶えていた男たちは、全員口を閉じた。はっきり言って鶴田が負ける姿など想像したこともなかった。“Poisons eye”のメンバーにとって鶴田の強さは神掛かっていたからだ。  長谷部も目を大きく広げて、驚愕していた。 「そ、そんなバカな!鶴田がこんな簡単に」 「簡単なもんかよ。捉えきれないステップワークに、見えない殺人パンチ。真っ向勝負したら殺されるぜ」  どんな格闘技、武道でもそうだが、経験者が裏社会に落ちるというのは少なからずあり、元ボクサーだというチンピラや半グレも珍しくはない。  だが、六堂がこれまで出会った“その手の輩”は、何てことはない相手ばかりだった。もともとの才能がない者もいたのだろうが、現役の頃のようなトレーニングをしていないというのが大きな理由だろう。  だがこの鶴田、今でも恐らく強さを求めた鍛え方をしているのだと六堂は感じた。地下格闘技、そして路上での実戦の経験が、ボクシング技術をより競技とは異なる卓越したものにしていったのだろうと。  そんな鶴田に、“格闘技”で挑んで勝てるわけはなく、六堂は武術を使ったのだった。決して結果ほど楽ではない。 「バカな男だ、最後まで諦めずにボクシングを続けてればよかったのにな…」  鶴田を見下ろし、そう呟いた六堂は、顔を長谷部に向けた。 「さて、残り一人になったな、リーダーさん」 「お、お前、何者だ?ただの空気が読めないバカだと思ってたが…、場慣れと、戦い慣れが半端ねえ」  後退りする長谷部に、六堂はゆっくり近づいた。 「逃げるのか?仲間たち見捨てて、リーダーが」  長谷部は苦笑しながら、右手に持ったいたナイフを六堂に投げつけた。  六堂はそれを頭で避けたが、同時に長谷部も、超速で接近していた。  隙のない追撃、左ハイキックが飛んでくる。そして、その靴の爪先には短いナイフが取り付けられていた。
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