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第十五話 間違った相手
長谷部の爪先に取り付けたナイフが、キックと共に襲いくる。
防御では刺されることを瞬時に察した六堂は、体を仰け反らしスウェーで避ける。
「よっ！と隙あり！」
そして片足立ちになっている長谷部の右の軸足を刈り取った。六堂の下段蹴りがバシッと音を立てる。
片足立ちの軸足を駆られれば、普通は慌てるもの。
だが長谷部のバランスは超人的だった。
宙に浮いた体が落下しても、右手で着地。その体勢から六堂の顔を狙った蹴りを出すという、アクロバティックな攻撃を仕掛けてきた。まるでダンスだ。
それでも六堂には当たらない。前髪が少し切れて散るも、爪先のナイフを上手く避けたのだった。
長谷部は舌打ちをして、バク転で立ち上がった。
床に倒れている半グレたちは、リーダー長谷部の凄さは十分に知っているが、六堂の対応力に、ただただ驚いていた。
そして皆が同じことを思った。
“間違った相手”に挑んだと。
「…さっきの躊躇いのない早撃ち、鶴田をわけわかんねえ技で倒す強さ…お前何者だ？」
長谷部が問うと、六堂は首を横に振る。
「だからあ、探偵だってば」
「ふん…まあどうでもいいがな…、どうせこの場でお前が死ぬことに変わりはねえ」
そう言うと長谷部は、背中からもう一本、変わった形のナイフを取り出した
「何本持ってんだよ、リーダー」
「さぁてね、何本目で貴様が死ぬか」
身体的には鶴田の方が上だろう。
だが直進的な鶴田と違い、型にはまらない実戦的な戦い方は、長谷部の方が遥かに凄い。
そして、今手にしたナイフに“何かある”と感じた六堂は、今度は先手を取った。
長谷部にナイフを構えさせる隙を与えないよう、一気に距離を詰めて拳打を連続で放った。
「ちっ！速え」
六堂の拳打を上手く捌くも、あまりの速さ、鋭さにいつまでも防げないと察した長谷部は、何とか距離を取ろうと、ナイフを取り付けている左足で、牽制の蹴りを放とうとした。
しかし六堂の右の下段で、蹴り上がる前に封じられてしまう。
「くそが！」
慌てた長谷部は、ナイフを持った手でバックブローを放とうと勢いよく回転した。
だが慌てた動作にはキレはなくなる。
六堂は長谷部の回転時に一瞬向けた背中に前蹴りを入れたのだった。
「ぐあっ！くっそ」
背中を勢いよく押されたような形となった長谷部は、バランスを崩して前へとよろめいた。
だが、六堂との距離が出来たことに、思わずニヤリと笑った。
「死ねよ！クソ探偵！」
長谷部は手にしていたナイフを六堂に向け、カチッと何かを押した。すると、柄からナイフの刃が勢いよく飛び出したのだ。
長谷部の持っていたナイフは“スペツナズナイフ”。旧ソ連の特殊部隊が使用していた、刃が発射するナイフだ。
だが六堂は、飛んでくるそのナイフを手刀でパンッと弾き、軌道を変えた。
ナイフは六堂を通り越して、斜めに後ろに飛んでいき、半分落下するように壁の下の方にガッ！と刺さった。
「…な、何！バカな」
驚く長谷部だが、六堂には何の問題もなかった。
最初からナイフに“何かある”ことは察していた上に、どんなに飛んでくるスピードが速くとも距離を取ってからの発射では、意表を突くには至らない。
「スペツナズナイフか。どこで入手したんだか…。でも鶴田のパンチの方が速いよ」
「ふざけやがって」
「ふざけてないよ。そろそろ帰りたいんだ、終わらすぜ」
長谷部は屈むと、ズボンの右裾を捲り、脚に取り付けていたホルダーから小型のアーミーナイフを取り出した。
「…お！まだあるのか。今度のは“小ぶり”だが」
「小さくても、こいつには神経毒が塗ってある。掠っただけで、あの世行きだぜぇ」
右手にナイフを握りしめ、ゆっくりと距離を詰める長谷部。ナイフへの注意を逸らすために、左手の四本の指をヒラヒラと動かし、ニヤリと笑った。
神経毒そのものも危険だが、それがナイフに塗ってあるとわざわざ予告したのは、そのことで六堂に心理的にプレッシャーを掛けようという長谷部の作戦だ。
しかし六堂にその作戦は通じなかった。
円を描く軌道でナイフを切り付ける長谷部に対して、屈んで交わす六堂は、そのまま低い体勢で突進した。
攻撃が空振り、腕を振り切った長谷部の隙をついたカウンターのタックルだ。
上半身にしっかりと組み付き、左足でフックすると、バランスの取れなくなった長谷部は床に思い切り背中から倒れた。
六堂は倒れた長谷部を瞬時に押さえ込み、ナイフを持っている右手首を掴んで“腕十字”を極めた。
「があああああっ！」
腕関節を襲う痛みに、たまらずナイフを手から放す長谷部。だが六堂は更に容赦なく腕を捻り、折った。
ビキッ！っと鈍い音と共に腕に走る激痛に耐えられず、長谷部は脚をバタつかせた。
六堂は、手首を離すと立ち上がる前に長谷部の耳元で言った。
「痛いだろ？骨だけじゃない、靭帯も捻り切った。今の医療だったら、生活に困らないくらいに治せるだろうが、得意のナイフ捌きはもう二度と無理だ」
「ぐううっ…」
「ついでに言っておくがな、この辺をシマにしていた、大久組…お前が蹴散らしたらしいが、あそこは関東トップの暴力団、“山東会”の傘下だ。あそこの幹部を怒らせたら、こんな怪我じゃすまねえよ」
「さ、山東会だとお？」
「ああ。山東会の武闘派は、俺ほど優しくはない。憶えておけ」
パトカーのサイレンが聞こえてきた。
銃声を聞いた誰かが通報をしたのだろう。
床で倒れてる男の何人かが、ヤバいなどと騒ぎ、慌てて部屋を出て行こうと這う。
「おい！どこ行く！その出血放置したら、今夜は生きられねえぞ。大人しく捕まっとけ」
六堂の助言を聞くと、ジタバタするのを男たちはやめた。
六堂はゆっくり立ち上がると、ふうっと息を吐いた。そして上着の内ポケットから名刺ケースを取り出し、部屋の奥で伊緒を見ていた二人の女性に歩み寄り、それぞれ名刺を渡した。
「警察が来たら、伊緒が補導されちまう。“ここに少女はいなかった”、いいね？」
立てた人差し指を口元に当てて、六堂がそう言うと、二人は苦笑しながら頷いた。
「それ以外は、ありのままを伝えてくれて構わない。来た警官に、その名刺を見せてくれ。こっちに連絡があったら俺が対応する。大丈夫、警視庁には知り合いも何人かいる。君らの味方になってくれるよ」
六堂は伊緒を抱き上げると、“Poisons eye”の拠点であったビルを後にした。
この夜を持って、半グレグループ“Poisons eye”は、この街からいなくなった。
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