第十七話 抱いてくれて

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第十七話 抱いてくれて

 真っ直ぐ。  良くも悪くも伊緒はそういう()なのだ。  六堂は、そんな彼女を見て、思い出す人物がいた。  その人物のことを思うと、フッと思わず微笑んだ。 「…伊乃さん?」 「ん?」 「今、笑った?」 「え?ああ…悪い、ちょっとな」 「酷い!私真剣だよ!」  思わず伊緒は立ち上がり叫んだ。すると胸部と脇腹に激痛が走り、くううう、と声を出してヘナヘナと床に座り込んだ。 「おいおい、無理するなよ」 「だって…」  六堂は屈んで、伊緒の顔を覗き込むと、苦笑した。 「真剣っていうけど、俺たち…知り合って何日だ?それにお前が追ってるのは“蒼髪のおにいさん”だろ?」  六堂が問うと、伊緒は黙ってしまった。 「俺は、その“代わり”なんじゃないのか?」 「…違う」  呟く伊緒。 「抱いてなんて、勢いなのは……認めるよ。“こんな格好”に自分からなるの無理だもん。伊乃さんに、その…そういうこと…してもらうなら、今がいい機会だなって」 「いやいや…大胆というか、マジで極端だな」 「でも、私、多分…伊乃さんが初めてじゃないと…上手く言えないけど」  六堂は、顔を赤くしている伊緒の頭を撫でると、椅子に座った。そんな彼を見上げる伊緒。 「俺が抱くことで、伊緒に癒しでも、体験の上書きでも、何かプラスになるものを与られるなら、抱いてやりたいよ」 「じゃあ…」 「待て待て…」  六堂は、手のひらを前に出した。 「こんなこと言うと、怒ると思うけど、きっと若気の至りだ。好きだって気持ちも一時の迷いだと思う」  伊緒は、今の六堂の言ったことに否定しようとした。  しかしその前に、彼はデスクの上に飾ってあるフォトフレームの向きを変え、伊緒に見えるようにした。  写真に写っているのは、制服を着た、おそらく六堂と、二人の少女。よく見ると、同じ三人で写っている写真か壁にも飾ってあった。 「…伊乃さん?」 「そ。はは、若いだろ。高三の…ちょうど今くらいの季節だ」  六堂は一緒に写っている、少女の内の一人を指した。 「こっち、この()…」 「…誰ですか?」 「俺の好きだった奴」 「だった?元カノ?」 「元カノ…か。いや、“彼女”だったと言っていいのか、好きだなんて言葉も言った記憶ないんだよな。距離が近すぎて」  何が言いたいのだろうか?他の女性の話をして、自分の気持ちを諦めさせようというのか?と、訝しい顔をする伊緒。  だが、六堂の口から出たのは、思っていたものとは違うことだった。 「昨年、亡くなったんだ」  六堂は両手を頭の後ろに添え、背もたれに寄りかかった。 「今年、一緒に暮らす約束してたんだけどさ…」  目線は上に、少し悲しそうな瞳の六堂。その顔に、伊緒はドキッとした。  写真の彼女は警察官で、昨年十二月に起きた事件の任務中に殉職したということを六堂は説明した。  その事件については、テレビで連日報道していたので伊緒も知ってたが、そんな話を聞かされるとは思っていなかった。 「名前な、(けい)って言って…、ほら、伊緒と出会った日の、登校日に送り迎えしたって知り合いの新入生の話、憶えてる?」 「確か、“美雪”…さん」 「うん、そうそう。その美雪の姉なんだ」 ――ああ……、そういう繋がりだったのね  女子高生の知り合い、それも学校まで送り迎えをする“美雪”との関係が、少し気になっていた伊緒だが、これで納得をした。  だが、六堂の話したいことは、そんなことではなかった。  六堂は、写真に写る“恵”ではない方の少女を指す。 「こっち、この()…。こっちは“皐月”って名前で、恵の幼い頃からの親友だったんだ」  この写真を撮った約半年後のこと、皐月というこの少女は“殺された”という。そんな衝撃的な話をする六堂。  それ以上は詳しく話そうとしない六堂だったが、伊緒は“何が”あったかはとても訊けなかった。  ただ、この二人の件に、伊緒が重なると言った。 「皐月はな、明るく真っ直ぐで…まあ性格は似てるとは言わないが、伊緒に重なるところはある…。それとな、恵。こっちは親友を殺されてから、守れなかった非力さに悩んで、“強さ”を求めるようになった」   六堂はフォトフレームを元の位置に戻すと、深いため息をついた。 「どちらかと言うと大人しい普通の女の子だったんだ、恵は。それが時が経てば、特殊部隊の隊員だぜ」  伊緒は、あ!と思い出した。  昨年十二月に起きたその事件で、警視庁の特殊部隊SATが現場で全滅した、そんな内容の報道が大きく扱われていたことを。 ――あの中に…いた人なんだ… 「だから何だって話じゃあない。強さを求めることが悪いとも言わないよ。でも…」  六堂は間を空けた。そんな彼を見上げる伊緒。 「…伊乃さん?」  スウ…っと息を吸うと、六堂は椅子から降りて屈みながら、伊緒に近づいた。  そして、伊緒を抱きしめた。 ――………っ!?!?  さっきの胸を貸してもらった時は泣くのに夢中だったが、これには伊緒はパニックになった。  強いのに優しさを感じる、腕と温もり。  交差する互いの顔。  六堂の表情は見えない。一体どんな顔で”こんなこと”しているのだろうか?と、伊緒は大きく目を開いたまま、硬直した。  高鳴る鼓動。  自分の手の位置をどうしていいかも分からず、そのまま下ろしていた。 「…前に、お前を助けたのは偶然だ。でも、薄汚れた制服で地面に転がる姿を見て、殺された時の皐月と被って、見捨てられなくて」 ――…え?何?  自分の後から聞こえる六堂の話に、伊緒は戸惑った。“何のこと”を言ってるのかと。  そして、どれくらい抱きしめられていたのだろうか。多分一分にも満たない時間だったのだろう。でも、伊緒にはそれよりももっと長く感じた。  六堂が伊緒から離れると、立ち上がり、部屋のドアへと向かった。  そして少し振り返る。 「もっと自分を大事にしろ。それと、俺が今“する”と、将来本当に伊緒のことを想ってくれる彼氏に悪いからな。その代わり、話はいつでも付き合うよ。あと…朝送るから、少し休め」  そう言うと、六堂は部屋から出て行った。スリッパを引き摺る音が、離れていく。  伊緒は、しばらく呆然としていた。ドキドキがおさまらない。  当然だ。異性に、それも歳上に、抱きしめられるなど初めてのことだったのだ。  よかった。  とてもよかった。今感じて伊緒るドキドキは、決して悪いものではない。  伊緒は心からそう思った。  さっき六堂に打ち明けた、“普通の女子ならドキドキしちゃうことが怖い”という、男子から告白された際に感じた不安は、もうなくなった気がした。  “抱く”の意味は違ったが、結果的に六堂に全て救われた伊緒。  ただ、抱きしめられた時に、彼が話したこと、それが何のことかが分からなかった。 「前に助けた、そう言ったよね?」  ベッドで横になり、そう呟く伊緒。  ぼうっとしながら、部屋を見ていると、目に入るものがあった。 ――…神棚?  そう、神棚だ。  だが気になったのは、そこに飾ってある“物”だった。薄暗くてよく見えない。  伊緒は、ベッドから出て立ち上がると、部屋の電気を点けた。  そしてパチッとスイッチを入れて、振り返ると、目に入ったそれを見て驚いた。  “刀”だ。 「…うそ!?」  三年前、暗い裏路地で、助けてくれた蒼い髪の男が手にしてきたのは刀。勿論、柄や鍔などその形状を記憶してるわけではない。  だが、さっき六堂の話、それが三年前と繋がる。  伊緒は胸に拳を当て、目を瞑った。  蒼髪のおにいさん、その人に“再会”出来たことを理解し、胸が一杯になったのだ。心のどこかでは、会えることはないと諦めていたから…。  そして、また救われたことに感謝した。  だがその後、伊緒が六堂に、“あれ”はあなただったと、訊くことは一度もなかった。
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