第一話 気になること

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第一話 気になること

「遅いよぉ、伊乃さん!」  車の前に立ち、頬をぷうっと膨らませているのは、まだ着慣れていない新しい制服姿の美雪だ。 「ごめん、ごめん」  美雪に気づいた六堂は、小走りで車に向かった。 「どこ行ってたの?」 「いや、待ってるの退屈でさ、学校見て回ってたんだ」 「そうなの?勝手にウロウロしたらダメだよ」 「はいはい」  美雪を乗せると、彼女の自宅のある立川へと向かうべく、六堂は車を発進させた。 「あ、家寄ったらさ、ちょっと上がってもいいか?」  走り出して少しすると、六堂は思い立ったように美雪に言った。美雪は笑顔で「いいよ」と答えた。  美雪は、彼の家にあがる目的が何かは分かっていた。姉のために仏壇に線香を上げたいのだと。  途中、都内でも有名な洋菓子屋“TAMURADO”に寄り道し、姉の大好きだったシュークリームを買ったのだが、美雪は(ああ…やっぱり)と思った。  平日の日中だからか、車は特に混雑に巻き込まれることなく、スムーズに家に着いた。  高校の頃まで、六堂もこの近所に住んでいたので、馴染みの場所だ。そして、子供の頃はよく遊びに来た、懐かしい家。 「お邪魔しまーす」  六堂は早速、シュークリームの箱を仏壇に置くと、蝋燭に火を灯し、線香を上げる。そして、りんを鳴らし、手を合わせると、一分ほどそのまま静かに目を瞑った。  横から彼のその姿を見る美雪は、何とも言えない寂しい目をした。  二人は一緒になり、幸せな道行を歩むものと思っていたからか、それとも自身も彼に淡い想いがあるからなのか…。 「美雪、シュークリーム六個入っているから、あとでお母さんと食べて」  仏壇の蝋燭を手で消し、六堂がそう言うと、美雪は苦笑した。 「二人でもそんなに食べられないってば。今、お茶入れるから、二個は今一緒に食べよ」  すぐ帰るつもりだった六堂は、美雪のお茶の申し出に頷いた。  ふと、台所で紅茶を入れている美雪に、六堂は大きめの声で尋ねた。 「そういえばさー!」 「んー?」 「高校の案内とかパンフレットとか、ないー?」 「あー…、あるけどちょっと待ってー!」  湯気の立つ紅茶と、仏壇から下げたシュークリームを皿に乗せて持ってきた美雪は、それらをテーブルに置くと、自分の部屋から学校案内のパンフレットを持ってきた。 「はい、これだけど…どうしたの?」  六堂は「ちょっと…ねえ」と生返事をし、パラパラとページを捲った。  見たかったのは部活紹介のページだ。  一覧が記載している項目を順に見ていく。運動部の武道、格闘と呼べる部活は、一般的な国体競技のみ。  あの小柄な女子生徒の動きは、スポーツ競技のそれとは異なっていた。  そして文化部の方を見ると、“武術部”という部名が目に入った。 「武術…部?」  (これか?)と思った六堂だが、更に気になるものが目に入る。その部活の担当顧問名だ。 「…ん、顧問…葉月…」  “葉月(はづき) (しょう)”という名前を見て、六堂は目を大きくした。 「マジか?」  その名前は六堂のよく知る人物と同姓同名だったのだ。 2000.4.1 -FRIDAY-  翌日、気になることが増えてしまった六堂は、あの小柄な女子生徒のいた場所に足を運んだ。  しかし、あの()の姿はなかった。 「はて…今日は来ないかな?」  誰もいないその場所の側にある建物は どうやら文化部の部室棟らしかった。  写真部、ワープロ部、JRC部等々…、各部屋に、部名のプレートが差し込んであるのが目に入る。  文化部はどこも今日はやっておらず誰もいないが、校庭、体育館、校舎からは今日も部活の掛け声や、演奏の練習する音が響いていた。  昨日、少女が叩いていたサンドバッグに近づくと、そっとそれに触れる六堂。 「…はは、ボロボロだ」  年季が入っている。  まさかあの女子生徒がここまでやったわけではないだろうが、昨日の姿を思い出す。  六堂は、両拳をぐっと握りしめ力を入れると、サンドバッグにパンチを数発叩き込んだ。  ドドドドンッッ!と、音の凄まじさもあるが、一発一発の合間が短い、ものすごい速さとキレのある打撃だった。  打つのを止めると、キイ、キイと、サンドバッグは音を立てて大きく揺れた。  六堂はひゅうっと息を吐き、揺れるサンドバッグを見てふと、笑った。  そして振り返ると、あの女子生徒が立っていた。 「あ…」  昨日と同じ、目が合う二人。  六堂は何か言おうとしたが、目をパチパチしている女子生徒は、間を空けると、弾けたように大声を上げた。 「えー!ちょっと!おにいさん!マジ!ね!?今のマジ!」  両拳を胸の辺りにフルフルさせ、まるで鳥のように肘をバタつかせ、六堂に勢いよく駆け寄る女子生徒。  その顔は、まるで憧れの芸能人にでも出会えたかのように、キラッキラッしている。 「…あ、やあ、こんにち、は」  女子生徒の勢いに苦笑しながら、引き気味に挨拶をする六堂。 「また昨日の“のぞき魔”さんがいるー…と思ったら、おにいさん、メッチャ凄いじゃないですか!何あのパンチ!何かやってたの!?格闘家!?ミルコに勝てる!?」  次から次へと質問が飛び出てくる女子生徒の顔の前に、六堂はバッ!と手のひらを向けた。 「ちょっと、待った…少し落ち着こうか」  はっ!とした女子生徒は、自分の口を手で押さえて、頭を下げた。 「落ち着いた?」 「はい、ごめんなさい!でも…本当、凄かったから…」 「…分かった。君が聞きたいことは、ちゃんと話すから…俺の質問にも答えてくれるか?」  笑顔でそう言われると、女子生徒は少し目を丸くし、何か胸が跳ね上がるような感覚をおぼえた。 「あ…はい!分かりました!」 「ありがとう…。そうだ、まだ名乗ってなかったな。俺は六堂 伊乃。昨日も言ったけど、知り合いがここに入学するんでここに来てたけど、“のぞき魔”ではないからな」 「あ、えと、私、青内です。青内(あおうち) 伊緒(いお)です!」
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