第十九話 紅茶とケーキと、魔導士のおねえさん

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第十九話 紅茶とケーキと、魔導士のおねえさん

「伊緒ちゃんってば、かわいいーー!」  立っている湯気が吹き飛ぶような勢いで、夕紀は大笑いをしていた。  その様子に、伊緒は赤面しながら、むすっとしている。  伊緒は、自己紹介と、どうして六堂と知り合ったのかの経緯を一通り夕紀に話したのだった。  六堂が“話し相手”として勧める上に、同じ女子ということで、遠慮なく三年前のことから、先日のこと、そして昨夜のことまでを詳細に話した。  三年前の体験、武術を学んでいること、裏社会の男たちを相手に無謀なことをしていたこと、それが原因で今負傷していることも伝えたが…  まさか“昨夜のこと”で爆笑されるとは思わず、伊緒は恥ずかしさでいっぱいだった。 「ごめんごめん…いや、うん、気持ちは分かるのよ、でもでも…下着姿見られたから告白とかもう!よしてよー」  夕紀に対し、“静かで知的”な第一印象だったが、右手首を立てて手のひらをパタパタとしながら笑いを堪える姿を見て、伊緒は(赤裸々に話さなきゃよかった)と、後悔した。 ――…いや、別に下着姿見られたからではないけど… 「久しぶりにキュンキュンしちゃったわ。面白いし」 「おも…!?」 「はい、ほら、そんな顔しないで」  夕紀は時間を掛け丁寧に淹れた紅茶をカウンターテーブルに置いた。  洒落たティーカップが、お揃いの柄の皿に乗せてある。 「はい、それとこれ、“本日のケーキ”」 「あ、ありがとうございます」  飾り気のないシンプルなケーキは、少しイメージしていたものと違う、見慣れない形状だった。 「いただきます…」  紅茶といえば普段はパックやペットボトルくらいしか飲まない伊緒だが、湯気とともに漂う香りはとてもいいものに感じた。  持ち慣れないティーカップを持ち、一口飲む。 「あ…美味しい…」  鼻から抜ける香りと、紅茶であって紅茶じゃないような豊かな味に感動し、思わず一言。 「女子高生はこんな紅茶飲まないだろうから、どうかなと思ったんだけど、口に合うならよかったわ」  馬鹿笑いしていた姿と違い、優しくにっこりと微笑む夕紀が魅力的に見えた伊緒は、少しドキッとした。そして考える。  この人は六堂とどのような関係なのだろうか、と。  ティーカップを置き、次はフォークを手にし、ケーキを一口サイズに切って口に運んだ。 「…んん!美味しい!」  バターの効いた生地は、スポンジではなくクレープ。たっぷりのクレープ生地が、柔らかく適度に噛みごたえのある食感を生み出す。 「嬉しいわね、私の手作りなのよ」  少し自慢げに人差し指を振る夕紀。 「……と言っても、ここのオーナーに教えてもらったんだけどね」  メインはクレープ生地だが、甘すぎないホイップとカスタードのダブルクリーム、そしてカットフルーツがほどよく適度に入っていた。  そしてケーキを食べた後の紅茶が、美味しさを際立たせる、伊緒の日常では味わえない、なかなかの贅沢であった。 「…あの、聞いてもいいですか?」  伊緒は、紅茶とケーキを楽しみながら、店内を見渡し尋ねた。 「いいわよ、何かしら?」 「さっき、このお店には、ただ通り掛かっては“来れないように”してるって言ってましまけど…」  (ああ、そのことね)と、夕紀は頷いた。 「気にしなくていいんだけど、ちょっとした(まじな)いをかけた道具(アイテム)を、入口付近に置いててね、“明確にここに目的のない人”は、この店への意識が向かないようにしてるの」  “呪い”など、聞き慣れないことをさらりと言う夕紀に、伊緒は訝しい顔した。 「はあ……“まじない”ですか」  夕紀曰く、ここで仕事をするようになって、一時、変な男性客が増えたのだという。  もともと不動産で生計を立てているオーナーの趣味で経営していた店で、客が入らずとも全く困ることがなく、あえて目立たないようにしていたのだが、夕紀がここに立つようになって、一度来店した男がしょっちゅう来るようになると、似たような輩が少しずつ増えたのだという。 「それって、夕紀さん目当て…ってことでよね?」  伊緒は、夕紀の可愛さなら当然かと思い、そう尋ねた。  すっぴんに近いナチュラル美人が、どこか謎めいた雰囲気で、このアンティークな店のカウンターに立っていれば、ハマる男はいるだろうと、感じた。 「そういう面倒な客が増えないよう、呪いの掛かった道具(アイテム)を置いたのよ」 「えと…それ、効果あるものなんですか?」 「ええ、そうね。伊緒ちゃん、あなた扉の前に立った時、違和感なかった?」  夕紀にそう尋ねられると、確かにそんな違和感があったことを思い出した。 「…えと、はい、何か“入るなー”みたいな」 「そこまではっきり感じたの?」 「はい…妙な感覚ってだけですが」 「ああ…そっか…、武術を学んでるんだっけ?そうね、気の力が強い人は、何か感じるらしいから、きっとそれかな。“そっち”には詳しくないけどね」 「…“そっち”って?」  伊緒が尋ねると、夕紀は目細め、少し間を空けた。そして目を瞑り、微笑んだ。 「…ま、”彼の紹介”なら、いっかな」  小さい声でそう言うと、夕紀は人差し指を立て「…私の専門は“こっち“」と言った。  すると、夕紀の指先からゆっくりと火が出てきた。ライター程度の小さな火。 「え?手品??」  伊緒は目を丸くした。  夕紀はそんな彼女の反応を見てクスクスと笑う。 「違うわ。これはね…魔術よ」 「…まじゅ、つ??」  まるでピンと来ない伊緒に、夕紀は指ではなく、手のひらにもっと大きな炎を出して見せた。 「わあっ!?」  ボワっと広がる炎に驚き、フォークをテーブルに落とす伊緒。 「あら、ごめん、びっくりさせちゃった?」  夕紀が手をグッと握ると炎はたちまち消えた。同時に、小さな氷の結晶が宙空から煌びやかに舞った。 「…雪?き、綺麗」  常識では理解出来ない“もの”を見せられ、驚くばかりの伊緒だが、店の扉の前で感じた違和感を“呪い”と言ったのが、比喩でないということは解った。 「ゆ、夕紀さんって何者ですか?」  最もな質問をする伊緒。 「私は魔導士。分かり易く言えば、“魔法使い”ね。誰にも言わないでね」 「魔法って…」 「ふふ、そうね、解らないわよね」  夕紀はスイングドアを開けて伊緒の隣の椅子に座ると、そっと両手を顔に添えた。  突然“何を?“と思う伊緒は、同じ女子とは言え、魅力的だと感じる夕紀の顔を間近にドキドキする。  だが次の瞬間、もっと驚くことが起きた。  夕紀の手からは優しい淡い光が発せられた。それを見て伊緒は目を丸くした。  その光は何とも心地よい感覚。  幾分か、腫れた顔の痛みが和らいでいくのが分かる。  手を顔から離すと、夕紀は微笑んだ。 「どう?少し顔、痛くなくなったでしょ?“癒しの魔法”よ」  伊緒は、さすがに“これ”は手品でないと理解した。 「す、凄いです」 「気休めだけどね。現実の魔術は、ホイミやケアルみたいなのはないのよ」 「は、はあ…」  ゲームに縁のない伊緒には、例えが悪かったようだったが、とにかく感動した。 「魔導士はね、基本的には裏社会に身を置いてるの。時々、その力を使うことを止め、普通の表の社会で生きる隠れ魔導士もいるけどね。私の母もそうだった」  “裏社会”という言葉が気になった伊緒を見て、夕紀は頷いた。 「裏社会について何か学びたい?それとも…伊乃が実は制服を着た少女に弱いとか、そういうことを知りたい?」  ただ聞き上手、相談に乗るのが上手い人がいるくらいに考えていた伊緒は、思っていたことと違う展開に驚きを隠せないでいた。    まず聞いたのは魔導士についてだ。  魔力は生まれつきで血筋によるものであることや、裏社会に身を置く者が殆どであるという話を聞いた。 「三年前、伊乃に助けてもらったって言ってたけど、まあ(わっる)そうな面してたでしょう?」  夕紀は眉根を寄せて、苦笑しながらそう言った。  薄暗かったのもあり、その時の顔までははっきり憶えていないが、確かに“今の六堂”とは異なり、刀を持っていたのもあってか、“普通ではない”とは感じていた。 「彼ね、裏社会…特にこの東京では“蒼光(そうこう)”って呼ばれて、恐れられてたのよ」 「そ、そうなんですか?」 「めっちゃ強かったからね。で、さっきの写真に写ってた私たち四人はね、裏社会で非合法な活動をするチームだったの」  伊緒はその話を聞いて、写真に写る夕紀が制服姿というのに特に驚かされた。 「夕紀さん制服着てる… 浅上高校の。高校生で、そんなことしてたんですか?」 「あ、そうそう、皆で写真撮った時はまだ現役女子高生。でも、正確には伊乃たちと出会う前、中学の頃から裏社会には片足踏み入れてたんだ」  伊緒は夕紀が自分と同じ年頃に危険な世界に身を置いていたことに驚いた。  “裏社会は素人が足を踏み込んだらいけないところ、腕っ節が強いだけで生きていける甘い世界じゃあない”という、六堂の言葉を思い出す。 「凄い…」 「まあ、私の場合はね、祖父が裏社会に精通した人間だったから、いろはを教わって育ったのよ」 「お爺ちゃんが?ですか」 「ええ、もう亡くなったけどね。祖父は、伊乃にチームに誘われた時に、快く承諾してくれたの。それから四年間、伊乃たちと活動したわ」  懐かしそうに壁に戻した写真を見つめる夕紀。 「夕紀さんは…」 「ん?」 「伊乃さんとは…」 「え?彼と…ああ!男女の仲だったかって?」  聞き辛そうに尋ねる伊緒を見て、思わず微笑む夕紀は、首を横に振った。 「私もね、あなたと同じ。彼に初めてをもらって欲しかった、イタイ少女やってたよ」 「イ、イタイ??」 「ああでも、あれか。大人の男性として見てる伊緒ちゃんとはちょっと違うのかな?私の場合。でも、恋してたなあ」  夕紀も、六堂に命を救われたのだという。六年前、絶体絶命の危機に陥った時のこと、彼が助けに来た。 「あいつさ、狙ってんだろってタイミングで現れるもんだからさ、格好よく見えちゃってさ」  その時のことを思い出している夕紀の顔は、どことなく恋する少女のように見え、“歳上のおねえさん”の雰囲気ではなかった。 「夕紀さん、ひょっとして…今でも?」  その表情から、夕紀が今も尚、六堂のことを想っていることを伊緒は察した。 「それはそれよ。私は今でも裏に生きている。彼は表に生きているからね、付き合うとかそういうのはありえない。ま、正直、彼のこと引き摺ってはいるけど」  複雑な顔でそういう夕紀を見て、心が痛む伊緒。写真に隣り合って写る二人は、伊緒から見て“お似合い“だ。 「ま!でもね、彼は私のことなんて、女としては見ていなかったのよ。ここで仕事してるなんて、三ヶ月ヶ月前まで、知りもしなかったんだから」  夕紀の話によれば、約三ヶ月ほど前に、共通の友人たちが、この店に自分を探し、来たことがあったという。その時の一人は、写真に一緒に写っている内の人物だった。  六堂が、その友人たちから話を聞いて、ここで働いてることを知ったはずだと夕紀は言った。 「で、この三ヶ月、実際にここに私の顔見に来たことは一度もないの。そんな奴よ、彼は」  そう文句を言う顔にすら、夕紀に未練のようなものを感じた伊緒。  ふと、伊緒は足元がくすぐったくなり、カウンター下を覗いた。すると足に擦り寄る、さっきまで寝ていた猫がいた。  この店の“看板娘”シャーロットだ。  伊緒の足首にスリスリと顔を擦り付けている。 「…可愛い」  伊緒は椅子から降りて、屈んで、猫の顎を撫でた。
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