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第二十一話 新たな指導者
2000.4.9 -MONDAY-
――そういえば…“制服″のこと詳しく訊くの忘れちゃった…
温かな日差しの、春らしい新年度初日。
始業式を終え、新たな担任の挨拶と話も終わり、お昼前には放課後となった伊緒は、部室棟に向かうのに廊下を歩いていた。
ふと、二日前に夕紀に言われたことを思い出していた。
六堂が“制服少女に弱い”というのが、どうもしっくり来ない。人は見た目によらず…というやつなのだろうかと、真相が気になった。
――制服ねえ…この格好なら、伊乃さんは私にも手を出そうとするってことかな?
ぼうっと“妙な妄想”をしていると、突然、首にグッと何かが巻きつくような、覆いかぶるさような感覚に伊緒は驚いた。
誰かが肩に腕を回してきたのだ。
そんな伊緒の耳元で、男性の囁き声がした。
「まだ、俺に…抱かれたいか?」
吐息混じりの、聞き覚えのある声に、目を大きく広げ、顔を真っ赤にしながら物凄い速さで腕を振り解いて、振り返る伊緒。
(まさか!?)と一瞬思ったが、腕を回し囁いたのは、六堂だった。
「おお!回避行動、速え速え」
パチパチと薄い拍手をする六堂の姿が信じられない伊緒。
「…っ!?」
「でも、背後から接近する気配に気づかないのは、ちと甘いな」
「ど、ど、どうして学校にい、い、いるの!?」
「え?どうしてって…、もう二度も学内で会ってるじゃないか」
「それは人目につきにくい、部室棟だし、ここ校舎!しかも今日から人いっぱいいるし、そもそも勝手に入れないでしょ」
伊緒の大きな声に、廊下を行き交う生徒たちが一斉に振り向いた。
それに気づいた伊緒は、六堂の手首を引っ張り、人のいなさそうな特別教室の中に入った。
「お!お!…何慌ててるんだよ」
やれやれと言った風に、六堂は苦笑した。
入った教室内に誰もいないかと見回す伊緒。
そんな彼女の頬を人差し指で触れる六堂。
「顔、腫れ引くの早いな…」
「これはその…伊乃さんに紹介してもらった…」
「あ!夕紀かあ!何?癒しの魔法使ってもらったのか?」
「そ、そう…」
「そうかそうか。何かいい話出来たか?あいつ、何だか俺相手だと機嫌悪くなるけど、女同士だし優しかったろ?」
「え、あ、うん……いや!そうじゃなくてえっ!」
六堂のペースに飲まれそうになった伊緒は、両手と首をブンブン振った。
「そうじゃなくて、何だ?」
「…あのもっかい聞くけど、どうしてここに?」
「あ、ああ、それね」
六堂は、上着のポケットから首掛け紐の着いた、入構許可証を取り出した。
「…何それ」
「書いてある通りだ」
「入構…パス?」
「そ。正式に、この学校の出入りを許可されたパスな」
「え?はあ?」
何が何だか解らない伊緒は、混乱した。
そんな彼女を見てクスッと笑う六堂。
聞けば、今、職員室で部活の外部指導員の申請を行い、その許可をもらったところだという。
部活とは勿論、武術部。
顧問である葉月からの推薦と要請書を提出し、受理された。
急な話ではあったが、葉月の推薦と、六堂が探偵国家資格を持つ私立探偵であったことで、校長は了承してくれた。
ただし学校側から一つ条件が課された。
月に一回、全校集会時に探偵ならではの講演をすること。
未成年であり、色々なことに興味を示す年頃の生徒たちのためになりそうな話を、ということだ。主には犯罪に巻き込まれないことを目的としたものや、護身になりえるようなことが望ましいらしい。
そして六堂自身の目的は、伊緒の修行の指導だ。
「…指導?伊乃さんが私を?」
「そ。任期は一年だ。仕事もあるから、毎日は無理だけどな。放課後一から二時間程度の指導にあたる。お前の専属じゃないけど、実質そういうことになるだろうな」
六堂はそう説明をすると、今度は内ポケットから四つに折られた紙を取り出し、伊緒に手渡した。
紙を開いて見ると、何やら武道大会について書かれていた。
「…何これ?」
「”無門会空手オープントーナメント“のチラシだよ。今年は無理だが、来年春のこの大会に、お前を出場させる。それが俺のお前への指導の締めくくりになるって感じかな」
「え!私空手なんてやったことないし」
「“ないし”じゃねえの」
六堂の話によれば、大会を主催している空手の無門会館は、“突きと蹴りのみでは護身にならず、真の空手とはいえない”と提唱した、直接打撃空手の元世界王者、西 猛が独立開設した団体であり、打撃重視ながら、掴みも投げも関節技も絞め技もありというものなのだという。
「ま、言ってみりゃ道着を着た総合格闘技だな。着衣総合格闘技…いや総合武道かな」
この説明を聞いた伊緒は、少し興味が沸いてきた。
裸で行う総合格闘技と違い、道着、つまり服を着た試合となればどちらかというと実戦に近い。
団体設立者の西自身も“それ”が無門会空手という競技を創った理由の一つということだった。
「アマチュア団体のオープン大会だから、登録と必要なお金を払えば出場が可能だ」
「本当?」
「ああ。勿論、無門会の道着を着用し、ルールに準じるというのが条件だけど…、ルールは基本的に喉なんかの急所を狙う以外は、何でもありだ」
「す、凄いね、それ」
「地下格闘技より健全だし、俺の知る限り国内の格闘・武道系のアマチュア大会ではこいつが一番面白い。柔道日本大会入賞者や、プロ格闘家も出てるしな」
この大会を伊緒に勧めるのには、伊緒を危険な夜の街に出て戦いをする以外の目的を持たせるという、理由があった。
実は、“伊緒の面倒をしばらく見てはくれないか”という、葉月が頼んできたのた。
別に葉月が顧問を辞めるということでもないが、彼は過去の負い目から伊緒に対して他の部員よりも肩入れをしてしまう傾向にあることを、自身でも解っていた。
これからも伊緒は、更に強くなるため教えを乞うであろうことも予想出来る。
鶴田との戦いでの敗北が、きっとより強さに対して貪欲になることは、六堂も想像していた。
そんな中、彼女が間違ったことをしないよう指導してくれないかと葉月は六堂に頼んだ。
ここ数日の間の話を聞き、伊緒の、六堂への影響が強いことを知ってのことだ。
六堂は、伊緒が“今のように”なってしまったことは、偶然とはいえ自分にも原因があり、また再会した縁もあってか、面倒だと思いはしたものの、放ってくことも出来なかった。
二つ返事とは行かないまでも、仕事優先ということで、その頼みを聞き入れた。
そこで、今以上に技術を教える必要は伊緒にはないと考える六堂。
教えることは、どんな体勢どんな瞬間でも回避や攻撃に転じることが出来る対応力と、応用。加えて未熟なメンタル面の指導だ。
「どうだ?“競技”には興味がないって言ってたけど、この大会は面白そうだろ?」
どうやら新しい目標へ導くのには成功したようだった。
チラシを見て目を輝かせている伊緒を、六堂は優しい目で見つめた。
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