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第二十二話 ゲスト
2000.7.19 -WEDNESDAY-
刺すような日差しに、あちこちから蝉の声が聞こえる季節。
新年度を迎えたかと思えば、瞬く間に一学期を終え、今日は終業式。明日から夏休みだ。
流れるようなこの四ヶ月であったのは、充実していた証だろう。そんな伊緒の生活には、新年度から幾つかの変化があった。
まずは顧問である葉月の復帰。
そして外部指導員として六堂が仕事の合間ではあるが、部室に来てくれるようになった。
加えて、新入部員が二人増えた。
二人…。
“以前のよう”に、もう少し部員を増やして活気ある部にしたいという願いはあった。
しかし活動実態が今ひとつ伝わりにくい上に、部活紹介が説明だけになったため、部としての“マイナー感”、“謎感”は拭えなかった。
部活紹介時に、伊緒の華麗且つ迫力のあるパフォーマンスをステージの上で見せれば、また興味を持つ新入生がもっといたかもしれないが、その時は鶴田にやられた怪我がまだ治っておらず、やむを得ず、口頭による説明だけとなったのだ。
それでも実際に体験や見学に六人の新入生が来た。その内残った二人は一学期の間、辞めることなく活動を続けている。
その一人は、島崎健太郎。
特徴のない黒髪センター分けの、メガネ男子だ。
中学時代は卓球部だったらしいが、弱小部で特に大会で活躍した経験はないとのこと。
しかし小学生の頃はフルコンタクト空手を習っていたらしく、見た目の印象とは異なり、葉月の指導はそれなりにこなしていた。
もう一人は“益田 美雪”だ。
彼女の入部に伊緒は驚いたが、彼女以上に驚いたのは、顧問の葉月だった。
六堂から美雪のことは聞いてはいた葉月だったが、幼い頃を知っているだけに成長したその姿にとても嬉しさを感じた。
そんな美雪の入部理由は、“強くなりたい”だった。
これまで“強さ”などに興味を示したことはない、女の子らしい女の子だった美雪。
しかし彼女は昨年、警察官だった姉を亡くし、そしてその姉が命を落とした事件に自身が巻き込まれ、恐怖と非力さ痛いほどに感じたという。
半年以上が経過した今でもその時ことを夢を見るという。
カウンセリングを受けてもいたが、そういったことを精神的に断ち切る意味でも強くなることを決意したのだった。
しかしだからと、何か武道や格闘技を習うのは何か違うと思っていた矢先、この武術部の存在を知ったのだ。
六堂から、“あの葉月”が顧問だと予め聞いていたことでも、安心感があったのだろう。
そんな美雪の入部理由を聞いた伊緒は、境遇がどこか自分と似ていると感じ、親近感を持った。
伊緒と美雪、二人が仲の良い先輩後輩になるのにそう時間は掛からなかった。
終業式のある今日は、六堂が学校に来る予定になっていた。
部活の外部指導員になるために、学校側から課された条件の、“生徒を犯罪に巻き込まれないための話”をするためだ。
いつも月一に学年ごとに行っているのだが、夏休み前ということで、終業式を利用した全校生徒の前で行った。
校長の話は退屈そうに聞いていた生徒たちも、軽い冗談を交えて陽気に話す六堂には笑い漏らしつつ、耳を傾けている様子だった。
だが彼の真の目的は、伊緒を来年春開催の”無門会空手オープントーナメント“に出場をさせるための指導を行うことだ。
そんな六堂は仕事の都合で、部活に顔を出すことは決して多くはなかった。
だから実際に来る日は、伊緒は楽しみで、仕方がない。
今日はステージの上に立つ姿を見ていただけで、込み上げる鼓動が抑えられないでいた。
だからこそだ。
ガラッと部室の扉が開いた時の衝撃は強烈だった。
六堂が女性と二人でやってきた。
それはもう驚きと共に、とても穏やかではいられなかった伊緒。
大きめのスポーツバッグを肩に下げた、黒髪ショートのボーイッシュな女性は、女子である伊緒から見て、控えめに言っても綺麗だと感じた。
そんな人物が、六堂と二人で現れたのだ。
少し離れた場所で、葉月の指導を受けている島崎と美雪も、“誰”なのか気になっている様子だった。
「今日は“特別ゲスト”を連れてきたぞ、伊緒」
にこにこと、六堂は笑顔でそう語る。
「…ゲスト?」
「そ。彼女の名前は、支倉 舞さん」
聞けば、この女性、伊緒の目指す“無門会空手オープントーナメント”の’90、’95、’99年の女子王者だという。加えて、無門会空手所属の空手家で、本業は“家政婦”らしい。
「…ってわけで、大会はやれることの幅は広いとはいえ、ルールのある試合なんで、無門会ルールに順応する意味でも彼女を連れてきたんだ」
モヤつく気持ちに、さらに情報が入り混じり、頭と気持ちの整理が追いつかない伊緒は、その女性、舞を見つめた。
「か、家政婦の空手家?」
舞は、「よろしく」と頭を下げるが、無表情でとても無機質な雰囲気で、伊緒は仲良くはなれなさそうだと、苦笑した。
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