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第二十四話 イタイ女
「…あ!武術部の皆さん、お待ちしてました」
満面な笑顔で、武道場の扉の前に立っていたのは、合気道部顧問、天野 仁美。
年齢二十八歳。
スタイルはそこそこに、魅力がないわけではないが、ずば抜けて美人でもなく、一部男子生徒と、一部の三十代より上の独身男性教員からの人気はあるが、“彼氏のいない独身女性”ということは、何となく判ってしまう、そんな人物だ。
ちなみに担当教科は家庭科。
そして、“何でいる?”というのが、武術部員の反応だ。
何故なら、武道場近くに来てから、六堂は“預かった”という扉の鍵をポケットから取り出していたからだ。
「あれ?えと…天野先生、何かありましたか?鍵は、預かりましたよね?」
六堂は笑顔で、少し首を傾げながら尋ねた。
「あ!そうでした!鍵、渡してましたね…うっかり忘れて扉開けて待ってたんですぅ」
年甲斐もなく、“テヘペロ”的な態度でそう言う天野を見て、伊緒と島崎と美雪は、“そういうことね”と言わんばかりの冷めた顔になり、苦笑した。
天野は、自分が若く魅力的な女性であると、思い込んでいる節があった。
例えば、自分のことを好いてることがあからさまな男子生徒には、女を見せる。
別に年下の、それも男子高生が好みなどではないのだろうが、“女として見られている”ことが気分がいいのだろう。男子生徒に勘違いさせていい気になっており、側から見ればあざとく、寒い…。
だが、イケメンではない男性教員にはこれまた、解り易く冷たい。それは生徒が見ていても伝わる。
そして、今年度から学校に出入りするようになった六堂。
その彼に気があることは、今の態度で皆すぐに理解出来た。
今この場でそれが判ってないのは、おそらく葉月と、当の本人である六堂だけだろう。舞ですら、その雰囲気を察したのに…。
「あ、そうですか。わざわざすみません。ちゃんと戸締りして、鍵は直接天野先生に返しますから、今日は帰っていただいて構いませんよ」
六堂はにこにこと、全く嫌味のない態度で頭を軽く下げてそう語った。
次の一手が出せなくなった天野を見て、伊緒たち三人は、プッと吹き出した。
「いや、まぁ、せっかくですし、これからうちの部がやることを一緒に見学されてはどうですかな?」
葉月がそんな提案すると、天野はパッと笑顔になり、「ええ!ぜひ!」とわざとらしい高めの声で返した。
その気があったわけではないのだろうが、葉月の言葉は天野には助け舟になった。
「…あーあ、葉月センセ、何で余計なこと言うかなぁ」
伊緒は聞こえるような声で呟いた。
「青内先輩、しー!聞こえますって」
島崎がそう言うと、“聞こえるように言った”と解る、舌打ちをしてみせる伊緒。
美雪はそんな伊緒にも苦笑した。
だが葉月の話によれば、そんな“イタイ女”天野だが、合気道の段位は四段で指導員資格は持っているらしい。
部外のギャラリーが一人増えたものの、伊緒と舞を立ち合わせることに変わりはなく、武道場の中に入り、その準備を進めさせる六堂。
「よし、じゃあ、伊緒、今日はこれに着替えて」
今回伊緒は初めて、“無門会の空手着”を着ることになった。
無門会空手連盟に伊緒の登録手続きを済ませ、最近届いた新品の空手着だ。
無門会空手オープントーナメントは、その名の通り“オープン”なので、無門会連盟に登録し、年会費を納めていれば、多流派でも出場が可能だ。
ただし、無門会ルールに従うことが条件に課せられている。
その中の一つが、無門会の空手着を着用すること。
それは空手着だけではなく、“フィストガード”という布製のクッションの入っていないグローブと、“スーパーセーフ”というシールド付きの顔面防具を装着することが含まれる。
尚、女子は空手着の下に薄い“ボディープロテクター”も着けることになっていた。
ただし、今日は、スーパーセーフとプロテクターは着けなくていいと六堂は言った。
いきなりスーパーセーフ着用は、シールドがある分、攻撃が顔面に当たる距離感覚が“素面”とは変わってくるので、まだ着用経験のない伊緒には返って難しいと判断したのだ。
プロテクターも同様に、慣れない内は動きにくいだろうと考慮した。
「…あ、そうそう。その代わり、脛にレガースは着用しろな。ほい!」
六堂から手渡され受け取った空手着等々を持って、更衣室の中に入る伊緒。
先に入っていた舞とは、互いに背中を向けて、反対側のロッカーを使った。
伊緒は、チラッと舞の背中を見る。
私服の上からは、スレンダーな感じに見えたが、首から背中の筋肉が筋張っており、見た目よりフィジカルが強く、打たれ強いことが解る。
そして一見、色白で綺麗な肌をしているが、左脇腹に大きな傷跡があるのが目についた。
「…ん、あれ、何かしました?帯の締め方分からないとか?」
伊緒の視線に気づいた舞が、振り返り尋ねた。
伊緒はハッとし、体育着を脱ぐ。
「あ、はい!えーと、そうですね…帯、初めてなんで」
慌てて誤魔化す伊緒に、舞は表情を変えず歩み寄る。そしてまだ締めていなかった帯を手に持って、ゆっくりと伊緒に見えるように上着の上から腰に回した。
回し終えた帯をくるっと回して、ぎゅっと締める様は、それだけで美しく、舞から何か雰囲気を感じた。
「このようにするんですが…分からなかったら教えます」
親切だが、表情を変えない舞の無機質な態度に、伊緒は少し安心をする。
これから立ち合う相手が変に優しくてはやりにくいが、そういったものがないのは有り難いと言ったところだ。
新しく馴染んでいないのもあるが、初めての空手着は“ごわついた“感じがあった、伊緒。
特に無門会の空手着は、突き、蹴りのみの他流派の空手と異なり、掴み、投げ技もあるため、少し厚めの生地で作られていた。
「おお、似合ってる似合ってる」
更衣室から出てきた伊緒を見ると、六堂は感心した顔をし、その両肩をポンポンと叩いた。
「そ、そう?」
両腕を上げ、自らを見ながら左右にくるっくるっと体を捻る伊緒。
そんな二人の様子を見ていた天野は、「り、六堂先生!」と言い、慌てた様子で六堂の側に寄った。
「はい?何です?」
「ち、ちょっと青内さんとの“距離”が近いですよ。外部指導員とは言え…いえ、だからこそ、“そういうところ”はきちんとしないと、女子生徒との変な噂が立って、学内の風紀に影響します」
伊緒を少し睨むように語る天野。明らかな嫉妬心が露わになっている。
彼女と目の合った伊緒は、思わず引き引き攣らせた。
――舞さんって人より、天野の方が何か怖いですってば…
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