第二話 部室でお茶

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第二話 部室でお茶

 「さ、入って入って」  ご機嫌の伊緒に通されたのは、側の部室棟、“武術部”の名が記されたプレートの付いた部屋だった。  扉を開けて入った“そこ”は何とも生活感のある部室というのか、まるで趣味の部屋のようだった。  室内を土足で汚さないように仕切りにカウンターを置き、その向こうは絨毯が敷かれている。  あとで聞いた話だが、それらは、卒業した先輩たちが、学校の廃棄品から拾って来た物らしい。  そして、壁に貼られた映画のポスター。ジャッキーチェン、ジェット・リー、ジャン・クロード・ヴァンダム…。  そして凄いのが、湯沸かし用のポットと、その横に置かれたマグカップとインスタントコーヒー、さらにカップ麺の入った箱。小さいが冷蔵庫まで備えてある。運動部が使うシャワー室を拝借出来るなら、何日かここに泊まれそうな備品だ。 「ごめんね、汚くて」  伊緒はそう言うが、見た目とは逆に、仄かにいい香りがする。それに物も多いが、きちんと整理はされていることが見受けられた。  掃除、整頓は(彼女がやってるのだろうか?)と思う六堂。ミットやグローブも散乱しておらず、棚に並んでいた。 「いや、こういう空間好きだよ。アクションスターも好きだしね」  ポスター指し示し笑いながらそう言うと、伊緒は嬉しそうな顔を見せた。 「本当!?よかった!そのポスターとか笑えるでしょー。待っててね、今お茶入れるから」 ――“お茶”って…おいおい。  昨日は、“関係者以外の学校敷地内に入るのは不法侵入”だと言ってたのにと、六堂は苦笑した。  そして、お構いなくとも言えず、ポットに水を入れる伊緒を見つめた。 「あー、あの、青内さん?…よく分からないんだけど、ここって何する部なの?」  ふと、そもそもの疑問について、眉根を寄せて尋ねる六堂。 「え?あー…武術を学ぶ部だよ」  日常会話のような口調で返答する伊緒だが、それは“突っ込みったい”ことがありすぎるというものだ。 「…文化部…でしょ、ここ?」 「そう。武術という文化を学ぶ部だね」 「はは、正論のような、そうでないような…」  細かく聞けば、もともとは格闘技オタクやアクション俳優好きが集う部だったらしかった。旧部活名は、格闘技研究部。  と言っても、何か格闘技をするわけではなく、語るだけで活動実態がよく分からない部だったらしい。  しかし二年前に顧問になった“葉月先生”が、武術に覚えのある人物で、最初は遊び程度に教えてもらっていた部員たちが、その内本気でハマり出したということだった。 「……って感じで、本格的に技を学ぶ部活に変わったんだって。私はちょうどその時に入学、入部したから、それ以前のここについては、あまり分からないけどね。はい、どうぞ」  伊緒がマグカップに暖かいお茶を入れて持ってくると、六堂はそれを受け取った。 「ありがとう」 「いいえ。あ!それから、“青内さん”なんてやめよ!伊緒でいいよ!」 ――どれだけ、ご機嫌なんだこの()…  六堂はお茶をいただきながら、自分の話を切り出した。 「ところで、青…、伊緒さん、君に聞きたいことってのは、まさにその顧問の先生のことなんだ」 「ん、葉月先生?」 「そうそう。春休み中だけど、部室(ここ)に来たりするかな?」 「んー、あー…新年度始まるまで、来ないと思うよ」  話によれば、顧問の教師、葉月は体調を壊し、検査も含めて数日間入院するそうだった。 「…そう、なのか」  六堂の微妙な反応を目にすると、それが気になる伊緒。 「何で?先生のこと知ってるの?」  六堂は、伊緒の“やってたこと”が気になったことで、学校案内で部活を調べ、武術部という部活を知り、更にそこから葉月の名を見たことを簡潔に説明した。 「“葉月 翔”って俺が昔お世話になった人と同姓同名なんだ…」 「…ふ〜ん。高校時代の担任とか?」 「あ、いや…そうではないけど、とにかくかなり世話になっててね。でも行方知れずで、連絡も取れなくて。それで、まさかと思ったんだ」  六堂がそう言うと、伊緒は「ちょっと待ってて」と、部室の奥のロッカーから一枚の写真を持ってきた。  三年生の部員が卒業を前に皆で撮ったものだという。手にしてそれを見ると、その真ん中に六堂の知る人物がいた。 「間違いない、この人だ」  顧問の“葉月 翔”が自分の知っている人物であると写真を見て確証を得た六堂だが、そうでなくとも恐らく“その人”であろうことは分かっていた。  六堂の知る葉月 翔は、武闘家だからだ。  自身も武術の指導をしてもらった過去があった。彼にとって、“最初の師匠”である。 「私、病室知ってるけど…お見舞い行きますか?」  写真に写る葉月を見ている六堂に、伊緒はそう提案をした。 「え?いいのか?」 「いいんじゃないのかなぁ。伊乃さんいい人そうだしさ」 「じゃあ…、お願いしようかな」  伊緒の提案に甘えることにした六堂だったが、彼女は両拳を握り、「その代わり!」と言い出した。 「…はぃ?」 「その代わり…組手(スパーリング)してください!」 「……え?」  何を言い出すのかと思った六堂だったが、まさかの“組手”に、苦笑しながら頭を掻いた。 「組手?スパー?」  うんうん!と、満面な笑顔で迫る伊緒は、さっきのサンドバックを凄まじい速さで打つ彼の姿を思い出していた。 「…そうだなぁ。じゃあ、質問の返答次第で考えようかな」  少し間を空けた六堂は、伊緒にそう言った。  昨日から思っていたことだが、六堂は伊緒の顔に見覚えがあった。  誰かに似てるだけか、あるいは気のせいでか。  六堂が記憶している“ある出来事”。  もし伊緒が、“その時”の人物であれば、簡単に尋ねることは出来ない。そんな出来事だ  しかし気になった六堂は、組手を受け入れることを条件に、話を切り出してみた。 「うん!何?」  明るい笑顔で頷く伊緒。よほど組手が楽しみなのだろう。 「ここに入部する切っ掛け…いや、そうじゃないな。君が結構真剣に鍛錬してるのは、昨日のサンドバッグで伝わったよ。でも、強くなるなら、運動部にも色々あるだろ?なんでここなんだ?」  六堂の質問に、伊緒は少し沈んだ顔をした。いや、笑顔は変わらずだが、ぱああっとしていた雰囲気が消えたように見えた。
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