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第五十四話 お泊まり会でピザパーティー
「葉月先生…あの人なら、まぁ死なないと思うけど…、無事に帰ったらメールください、伊乃さん。サノスゾロニアのことも気になるしさ」
倉庫での稽古を終えると、そう言い残し、才邪はその足で住まいと仕事のある京野城市へと帰っていった。
明日から勤務なのだそうだ。
加えて、東京滞在が予定を超えて、同棲している彼女が、東京での女遊びを疑っているらしい。
「え、あの人、そんな遊び人なんですか?」
帰り支度をしながら、伊緒は六堂にそんなことを尋ねた。
六堂は、クスッと笑いながら首を横に振る。
「いいや、そんな奴じゃないけど…まあでも、中学の頃、相当な不良だったから、過去の女みたいなのがこっちにいるとか思われてんじゃないのかな?」
「…はあ、そうなんですか?確かに何となくヤンキーだった感はあるけど、陽気だし、悪いことしていたようには見えないけど」
「いやいやいや…渋谷界隈の複数のストリートギャングのグループを一人で絞てた手のつけられない暴れん坊だったんだ。当時、あの辺りでは“リトルドラゴン”って呼ばれてたんだ」
「リトル…ドラゴン?」
「まぁ、小柄なのに強い奴って感じで、そんな異名で呼ばれてたんだよ。それよりほら、掃除掃除!」
六堂は、倉庫のトレーニングスペースの掃除を終えると、伊緒たち部員を車に乗せて、南青山にある自宅に招いた。
明日は日曜ということもあり、ピザのデリバリーでも注文して、話でもしようという、六堂の提案だった。
路上での喧嘩に始まり、部活停止と、夏休みまで溢れるほどにあった武術部の士気が低下していたが、今日の稽古で皆息を吹き返した。
六堂は、せっかく盛り上がったそのテンションを維持したく、楽しい一時をと考えたのだ。
「え、青内先輩ここ来るの初めてじゃないんですか?」
六堂と、元々親しい間だという美雪はともかく、伊緒も来るのが初めてではないと聞き、島崎は驚いた。
「ずっるいなぁ…俺も六堂先生ともっと親しくなりたいッス」
そう言う島崎だが、伊緒がここに来たのは、半グレ組織“ Poisons eye”の鶴田にボコボコにされた時だ。
六堂に怪我の処置をしてもらい、下着姿を見られたことをふと思い出し…、伊緒は顔が熱くなる。
「どうしたんですか?青内先輩?」
様子のおかしい伊緒を見て、島崎は心配になった。
今日の稽古で、伊緒が才邪に厳しく指導を受けていたよう見えていたので、どこか怪我でもしてるのかと、島崎は顔を覗き込ませる。
すると、伊緒は島崎に“踵落とし”を食らわせた。
「どわああっ!何するんですか先輩!」
「うるさい!何でもない!」
照れた顔を見られたくない、伊緒渾身の誤魔化し攻撃だ。
二人のやりとりを見て、クスクスと笑う美雪。
「おいおい人んちで暴れるなよ、お前ら。笑ってないであいつらに注意してやってくれ美雪」
配達されたピザと飲み物で、すっかりパーティー状態になった三人は、久しぶりに息が抜けたこともあって、大いに盛り上がった。
まさに、これぞ青春といった感じの雰囲気に、六堂は優しく微笑みながらその様子を見ていた。
だがテンションが高かったのも最初だけ…。
伊緒、そして美雪も島崎も、いつの間にかリビングのソファーや、フローリングに敷いてあった長座布団の上で寝落ちしていた。
「…やれやれ」
六堂は三人の寝息が聞こえる中、食べ散らかしたデーブルを片付け、グラスや皿を食洗機に入れると、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出した。
そして食べ残ったピザをレンジで温め直し、それをツマミに、ほっと一息つく時間に当てた。
「伊乃さん…」
カシュッ…、と缶の蓋を開けると、伊緒の呼ぶ声がする。
「ん…、悪い、起こしたか?」
伊緒は目を擦り、怠そうな体を起こすと、寝ていたソファーから、六堂の座るダイニングテーブルに移動した。
そして六堂の向かえの椅子に座る。
「どうした?寝てていいんだぞ」
六堂がビールを一口飲むと、優しい笑顔でそう言う。
その顔を見て、少し赤面する伊緒。
何気ない表情なのだろうが、伊緒の感情に良くも悪くも響く。
「…ごめん、一人でほっとしてる時間?邪魔だった?」
伊緒は首を傾げて尋ねた。
「いや、別に、そんなことないけど、才邪の指導きつかったろ?休んだは方がいいかと思っただけさ」
「確かに、きつかったよ。でも才邪さんとの稽古、楽しかった」
「そうか、そりゃあいつも招かれた甲斐があったってもんだろう」
嬉しそうにビールを飲む六堂を見て、伊緒はテーブルに両腕を乗せ、その上に顎をそっと乗せた。
「ねえ、伊乃さんは、才邪さんと戦ったら、勝てる?」
「あ?…また妙なこと訊くなあ」
「えーそう?伊乃さんは、私の一番だもの。頂点よ、頂点」
「それ葉月先生の前で言うなよ」
「はあい。で、どう?」
「どうって?」
「だぁからぁ、伊乃さんは、才邪さんに勝てるかって話」
六堂は、手にしていた缶をテーブルに置くと、薄ら笑いを見せた。
「質問のレベルが低すぎる」
「いいじゃん、ね!ジェット・リーとチャック・ノリスはどっちが強いか、知りたい映画ファンは沢山いると思うんだ。それと同じよ」
また例えがマニアックすぎて、困った顔をする六堂。
「…さて、どうかな。あいつ、武道の血筋としては天才家系でさ」
「…ふうん。ぶっちゃけ何者なの?」
「才邪?」
「そ。島崎がちょっと知ってて、空手の…“龍神会”だっけ?武の名門だったとか何とか…その空手団体を創ったのが、阿修羅家とか…」
「ああ…龍神会。直接打撃制空手の最初の団体と言われてるな」
「あーそうそう、島崎も言ってたかもーそれ。十年前…ううん、十二年前だったっけ?その頃になくなったんでしょ?ヤクザの揉め事が何とかって」
六堂は、苦笑した。
「島崎君…詳しいな」
「こいつ、マジ空手マニアよ」
伊緒も肩を竦めて苦笑する。
六堂は、訥々と、阿修羅家や龍神会空手のことを話し始めた。
元々、龍神会空手は、裏武術と呼ばれる実戦と暗殺を主とした空手だった。
それが戦後、阿修羅家当主の“阿修羅 敬邪”によって、表社会でも通ずる武道へ改革されたのだという。
「…で、それが“龍神会館”なんだそうだ。もっとも、俺も葉月先生から聞いた話でね。直接、才邪に家のことを聞いたことないよ」
「何で?」
「あいつの家は複雑だし、俺も阿修羅家と全く関係ないってわけでもないし」
「え?は?どゆこと??」
驚いた伊緒は、伏せていたテーブルから勢いよく顔を上げた。
その反応を見て、六堂は少し喋りが過ぎたことに気づき、苦笑した。
「いいんだよ、それは。あまり人様のこと、聞きたがるんじゃあないの。デリケートなこともあるんだからさ」
ピザを頬張ると、六堂は冷たくそう言った。
「んー、気になるー」
六堂が、話したくないのは当然だった。
阿修羅家から生まれた一人の天才、“才蔵”。
才邪の兄にして、裏社会最強と呼ばれた男。
六堂は、その人物に最愛の妹の命を奪われている過去がある。
「お喋りはここまでた。早く寝ろ。明日は休みだけど、体調をきちんと管理するのも、稽古の内だ」
「…何か上手いこと言って、はぐらかされた気がするぅ」
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