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斜陽の射手
「……円谷君にも、困ったもんだ」
「まあまあ、部長。どうせ廃部は既定路線なんですから」
射撃練習を終えて事務所に戻り、ロッカーで作業着に着替えていると、開けっぱなしの扉の向こうから話し声が聞こえてきた。あれは河西部長と、同期の安間野か。
「万年代表候補を養える時代じゃないんだ。悪あがきだって納得してもらいたいね」
自分の陰口が廊下を通り過ぎていく。足音が消えるのを待って、握った拳を振り上げかけて――そのままゆっくりと下ろす。憤ってみたところで、それは事実だ。俺は未だ、批判を黙らせるだけの結果を残せていない。
苦々しさを噛みしめながら、資材管理部のある倉庫へ向かう。外はもう暗い。大会が近づくと、俺の勤務時間は、9時から13時までの日勤と、18時から22時までの夜勤、計8時間を分けた変則シフトになる。日勤と夜勤の間に、射撃練習ができるよう、会社が理解してくれているのだ。
我が社は、創業80年を迎える中堅建設会社――の地方支社だ。射撃部が設立されたのは、当時の副社長――創業者の甥の道楽が始まりらしい。留学先のアメリカで射撃の魅力を知った、というのは建前で、競技人口の少ない競技なら五輪代表に選ばれる可能性が高い――絶大な会社の宣伝になる、というのが本音だった。
日本で決してメジャーではない射撃は、現在でもおよそ12万人しか競技人口がいない。増えない理由は諸々あるが、最大の理由は環境だろう。海外の強豪国では、日常的に銃に触れる職業軍人の選手が多く、日本でも警察や自衛官が五輪代表選手の大半だ。我が射撃部は、設立以来“悲願の五輪出場”を未だ果たせず、歴代の代表切符は県警所属のライバル達に浚われてきた。残念な結果が更新される度、我が射撃部に対するメディアや世間の関心は薄れ、会社が期待する宣伝効果が得られなくなった。
3年前、一念発起した経営陣は、話題性を狙って、美人女子大生の選手を好待遇でスカウトしてみたものの――。
「円谷さん、お疲れ様です」
在庫管理部の事務所に入る。ショートカットの黒髪が揺れて、PCディスプレイから鼻先までを覗かせる。今夜の居残りは、織田亜沙美か。他の日勤社員は既に帰宅し、彼女だけが引継ぎのために残っていた。
「お疲れ様。今日の分は、これ?」
「はい。昨日、高速道路で起きた事故の影響で、関西からのトラック便が遅れているそうです」
「了解――」
在庫管理の業務は、現場から送られてくる建築資材や部品の引当と発注、そして入庫・出庫の確認だ。発注は日中の職員が済ませており、俺はデータ入力と必要書類の作成を主に担っている。月に数回、夜間到着のトラック便から下ろした積荷のチェックと運搬作業に加わることもある。
「それじゃ、お先に失礼します」
斜め向かいのデスクから、織田さんが立ち上がる。
「うん、お疲れ様。気をつけて」
カツン――ひょこっ。カツン――
左手に握る花柄の杖が、床のタイルを叩く。一歩ごとに項あたりで毛先を揺らしながら、彼女はゆっくり慎重な足取りで事務所を出ていった。
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