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『所属部員が1人じゃ、存続は難しいだろ』
半年前、河西部長に呼び出された。それは、およそ25年続いてきた射撃部を廃部にするという話だった。
『もう、決定なんですか……?』
『十中八九な。費用対効果っての? 和倉さんが引退したときも、持ち上がった話だしな?』
和倉さんは、5年前に引退した先輩選手で、我が射撃部のエースだった。クレー射撃は比較的選手生命の長い競技だが、体力の低下よりも視力――動体視力と反射神経の衰えが、決断の時を迫る。和倉さんは、動体視力の衰えをぼやいていたが、奥さんが病に倒れたのを機に引退を決めた。現在は配属部署も変わり、年に数回顔を合わせることがあるくらいだ。
『タイミングだよ、円谷』
俺が――俺さえ、結果を出していれば、上の判断も違っていたかもしれないのに。歯痒い思いが渦を巻く。いつもだ。5年前も、今も。自分の無力さがもどかしい。
『織田君のことは残念だが……まあ、これからも一社員であることには変わりゃしないんだ』
射撃部の再起をかけてスカウトした美人女子大生、織田亜沙美は、昨年の全日本選手権で優勝し、アジア大会でも2位だった。国内では、向かうところ敵なし。今年も順調に地方大会を勝ち抜いていて、今度の五輪代表枠に入るのは、確実視されていた。なのに。
『外傷性視神経症?』
通勤途中、バス停に突っ込んできた車から小学生を庇って、左足を轢かれた。脊椎にまで被害が及ばなかったのは、不幸中の幸いだった。
『はい。日常生活には問題ありませんが、競技は、もう』
見舞いに行った病室で、彼女は涙をみせなかった。
『円谷先輩、ご期待にお応えできず、申し訳ありません』
才能だけじゃない。彼女が努力してきたことは、俺が1番よく分かっている。だから、今、廃部にする訳にはいかない。彼女を口実にしてなるものか。
『廃部は、待ってください。半年後の全日本選手権――その結果で判断してください!』
『全日本? 君が? ははっ』
河西部長が鼻で笑うのも仕方ない。俺は、ここ数年、県警の大邑選手の後塵を拝し続けている。いつも一歩及ばず、地方大会の予選で敗れているのだ。“万年代表候補”などという不名誉なあだ名で批判されていることも、知っている。
『まあ……君の気が済むなら。専務に頼んでみるよ』
部長の眼差しには、憐憫の色が滲んでいた。
「ふぅ……」
ディスプレイ上の数字がぼやける。目頭を押さえて、ギュッと強く揉む。軽い眼精疲労。練習量を増やしている影響か。無理をしている自覚はあるし、自分が言い出したこととはいえプレッシャーも感じている。こんな状態で、来週の地方大会で結果を残せるのだろうか。
3日後。仕事の雑用で普段足を運ばない街に立ち寄った。私電に乗るため、駅前に差し掛かったとき。
「お願いしまーす」
オレンジ色の法被姿の女の子から、広告入りのポケットティッシュを渡された。
――レンタル・1
視力のレンタルなんて、俄には信じられない。詐欺の可能性も大いにある。それでも……法被の背中に声をかけたのは、運命だったのかもしれない。
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