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小椋ちゃんと店長と
「今更……困るんだよなぁ」
射撃部の部室に踏み込んできた河西部長は、苦虫をかみつぶしたように眉間の皺が深い。無造作に掴んでいた紙の束をテーブルの上にバサリと投げ出すと――数紙のスポーツ新聞、全国紙、地方紙が散らばった。
「廃部は、半年前の役員会で決定していたんだ。なのに、こんな結果を出されると」
「広報が対応に追われているんだよ」
部長の苦言を、安間野が引き継いだ。同期入社の彼は、リストラ候補のピックアップに長けていて、その手腕で課長の肩書きをもらっている。ヤツが出てくるということは、そういうことなのだ。
「射撃部は、どうなるんですか」
彼らに続いてソファに腰を下ろす。目の前の紙面には、昨夜の俺が大きく写っている。
『クレー射撃全日本選手権、満点で優勝!! 円谷将徳選手、悲願の五輪代表内定!!』
「午後から緊急役員会だ。全く……頭が痛いよ」
壁に掛けられた表彰状と金色のメダル。厳しい表情で一瞥すると、2人は部室を後にした。扉が完全に閉まるまで、俺は笑い声を押し殺すのに必死だった。
『伝統ある我が社の射撃部を存続したい一心で、取り組んできました』
『はい、続けてきて良かったです。会社の人達のご理解とご支援に感謝しています』
『部員だけでなく、競技人口がもっと増えると嬉しいですね』
『この競技の魅力を、多くの人に伝えていければと思っています』
俺のインタビュー映像は、昨夜と今朝の全国ニュースで流れ、地方局の情報番組でも取り上げられた。
廃部寸前の企業部活動で、最後にして唯一の選手が、予選から決勝まで満点優勝した。感動的で劇的な快進撃は、メディアが――世間一般の人々が大好きな物語だろう。
――コンコン
「ゴホン……はい?」
笑いすぎて乱れた呼吸を咳払いで整えて、来客に応えるものの返事がない。俺は自ら扉を開ける。
カツン――ひょこっ
「あの……」
戸惑い顔の織田さんが、花束を手に立っていた。
「おめでとうございます、円谷さん」
霞草の中に若草色の薔薇が数本。ブーケサイズのシンプルな花束は、男に贈ることを前提に選ばれたらしい。細やかな心遣いを嬉しく感じてしまう。
「ありがとう」
受け取った花束をしばらく見詰めていたら、沈黙に耐えきれなくなったように、彼女は膝の上の掌をギュッと握った。
「ニュース見ました。それで……私、考えたんです」
顔を上げると瞳が合った。緊張が伝わって、俺まで背筋が伸びる。
「もし……もしも、射撃部が存続するのなら、この目が見える限り、競技に戻りたいなって」
「もしかして」
「はい、パラリンピック出場を目指したいと思っています」
クレーではないが、パラリンピックの種目には、ライフル射撃がある。きっと、彼女なら世界の舞台に立てる。そしてこの決断は、障がいと共に生きる全ての人々に勇気を与えるだろう。俺は、胸が熱くなるのを感じた。
「お帰りなさい、織田さん」
「はいっ。円谷先輩、よろしくお願いします!」
差し出した掌を、小さな彼女の手が握り返した。新たな船出を想い、鼓動の高鳴りが押さえられなかった。
かつて創設者が目論んだ通り、射撃部が活躍することで、我が社の企業名が一般の人々にまで広く浸透した。インターネットのトレンドワードでも、俺の名前と共に上位を飾った。株価にも影響が及び、緊急役員会では満場一致で“射撃部の存続”と“活動費の追加”が決定した。
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