小椋ちゃんと店長と

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 2日後、夜勤を終えたその足で、あのレンタル屋に向かった。視力デバイスの返却期限が明日に迫っている。  ちょっとした“時の人”になってしまった俺は、どこに行くにも人目をはばかって行動しなければならない。その点、レンタル屋の営業時間が深夜までというのは有難かった。 「あのぅ……すみませーん」  ポケットティッシュの地図と記憶を手掛かりに、ベウラビルに辿り着いた。レンタル・1のドアを押すと――。 「ああ、お客さん。返却ですか? それとも、延長?」  前回対応したときと同じく、上から下まで黒ずくめの……それでいて威圧感のない柔和な雰囲気の男性が、カウンター奥の部屋を示す。 「あ、返却です……あの、延長もできるんですか?」  指示された肘掛け椅子に座り、側に立つ男性を見上げれば、彼はニイッと黒猫みたいな笑い方をした。 「ええ。長期貸し出しなら、幾つかコースがあって……オススメは月イチ交換の定額コースかなぁ」  口調は穏やかだが、いつの間にか言葉から敬語が消えていた。 「買い取りなんか、できないんでしょうか。日常的に使えれば、有難いんですけど」  全日本選手権で実施されたドーピング検査は、もちろん白。視力デバイスは検知されなかった。五輪で結果を出すためには、このデバイスは欠かせない。 「ははぁ……コイツの魅力に取りつかれたみたいだね。クフフッ」  店長は、瞳を三日月に変え、満足気に喉を震わせる。 「メンテナンスがあるから、月に1度は、ここに来てもらいたいんだけど……」 「うーん」  これからは射撃部の活動が忙しくなるし、国内外の大会に出る機会も増える。だけど、月に1度くらいなら、なんとか時間は作れる筈だ。 「分かりました。それじゃ、月イチ交換の定額コースでお願いします」 「はいはい、まいどありぃ」  店長は、どこからか取り出した書類とペンをテーブルに置く。 「今回使用したデバイスは、クリーニングするから一旦外すけど、代わりのデバイスを装置するんで、大丈夫。それ書いたら、こっちに来て横になって」  説明しながら、手際よく新しいデバイスを装置する準備を始めている。  30分後、付け替えたデバイスの具合も良好で、俺は上機嫌でレンタル屋を後にした。 「それで~……小椋ちゃん、どうなの~」  涙が止まらない。胸がギュウッと締め付けられる。切なくて、痛い……。 「ああ~、やっぱ、ビンゴかぁ~」  パチリと後頭部からバンドを外し、店長があたしを見下ろしている。 「定額コースの太客になりそうだったんだけどねぇ~」  クフフッと笑いながら、彼は洗浄装置(バイザー)をその手の中に収める。 「こうも早く見つかるとはねぇ~」  ブルーライトの中、ゆっくりと影が伸びる。 「まだ……夢を叶え始めたばかりじゃないですか……」 「ん~? そんなこと」  バサリ。漆黒の羽が光を覆う。彼の手の中のバイザーは、鋭く生えたオニキスの鉤爪が食い込み、ボタボタと洗浄液が床を濡らす。 「俺には、関係ねぇんだよ」  カタカタとツルが震える。あたしは、転生してきた勇者様が身に付けていた。かの世界で勇者様と差し違えるも一命を取り留めた魔王様は、勇者様からあたしを奪い去り、この世界にやって来た。そして、あたし達の繋がりを手掛かりに、転生前のまだ無力な勇者様を探し出し、消し去ろうとしているのだ。 「奴こそ、我が魔王軍の宿敵なり。いざ滅ぼしてくれるわ」  店長――いや、異世界より乗り込んできた魔王様は、リクライニングシートの上のあたしをむんずと鷲掴みにすると、クフフッと喉を鳴らした。 【了】
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