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レンタル・1
「店長ぉ、これなんですかぁ?」
休憩室のドアを開けると、大きな段ボール箱が飛び込んできた。
青白い蛍光灯がはめ込まれた低い天井に、コンクリート剥き出しの壁。正面奥には、横すべり出し窓が路地裏に向かって30度だけ開き、申し訳程度に外光を掬い取っている。右側には鼠色のロッカーと業務用保管庫が無機質に壁を覆い、左側には赤茶色のくたびれた長ソファが奥行き一杯までドーンと床を埋める。そんな閉塞感たっぷりの室内中央で、駱駝色の見慣れぬ直方体が、90cm四方のテーブルの天板を半分以上占拠していた。
「お~、小椋ちゃんかぁ~」
気怠げな低音が呻き、長ソファに横たわる黒い塊がモゾモゾと動く。
「またここで寝たんですか、店長ぉ」
あたしは、冬眠明けの熊さながらに淀んだ空気を醸し出す雇用主を一瞥し、自分のロッカーを開ける。制服代わりのオレンジのエプロンの横に、同色の派手な法被がぶら下がっている。
「ちょっと店長ぉ、あたしのロッカーに、悪シュミな私服入れないでくださいよぅ」
「俺の私服じゃねぇ。お前、それ着て、箱の中身配ってこいな~」
「へっ? 配るって……」
未開封の段ボール箱に手をかけ、粘着テープを剥がすと――。
「うわ、ポケットティッシュ!」
整然と詰まった白さに怯みつつ、ひとつ摘まんで裏返してみる。この店の名前と地図を印刷したチラシが、透明ビニールのアドポケットに差し込まれていた。
「すぐそこの駅前広場、夜8時まで許可取ってあるから、頑張って~。あ、休憩は適当に取っていいから~」
基本、昼間は寝てばかりの店長は、再びモソモソ動くと、こちらに背を向けたまま片手を振った。
まったく、人使いが荒いのは、今に始まったことじゃないけれど――間もなく午後2時を指す壁掛け時計を見上げ、あたしはため息を吐いた。
「レンタル・1」――オレンジの法被に、白抜きのゴシック体。背中で店名を宣伝しながら、道行く人々に声をかける。
「お願いしまーす!」
うちの店から私電駅前までは、徒歩15分。人通りの多い場所だとはいえ、一気に1000個配り終えることは難しい。ひとまず段ボール箱から半分抜いて、特大サイズの紙袋に入れて運んできた。そこから更に、プラスチックのカゴに50個ほど移して、持ち手を腕に通す。こうやって小分けにしておいて、ひたすら配るのである。
「お願いしまーす!」
営業用スマイルを貼り付けて、歩行者の前に配布物を差し出す。進行方向に1、2歩付いていき、それまでに受け取ってくれなければ諦める。しつこくして良いことは、ひとつもない。
「なぁ、お姉さん。ここって、クリニックなの?」
開始後、約30分。カゴに補充していると、背後から声をかけられた。振り向けば、スーツ姿の男性が、今しがた渡したポケットティッシュを手に立っていた。
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