誰も知らない一家

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 だから少なくとも、七年前までは妻の実家は福知山市(このまち)に存在していた。 「奥さんは、こちらには長いんですか?」 「もうここへ嫁いでから三十年になるね。でも延尾さんなんて、聞いたことないわ」 「そうですか……。どうもありがとうございました」  先野はソフト帽をわずかにとって礼を言い、その場を去る。  長く住んでいるとはいっても、住民のすべてを知っているわけではないだろう――。  さらにしばらく自転車を走らせていると、道端で話し込んでいる老婦人がいた。  先野は陽気に声をかけ、同様の質問をする。 「さぁ……聞いたことないわねぇ……。あんた、知ってる?」 「いいえ。延尾さんなんて、いたかしら……」 「同級生にもいませんでしたか?」  沼瀬の妻は六歳年下の五十歳で、高校を卒業するまでは地元にいたという。ということなら、小中高と同じ学校に通っていたかもしれない。学年をこえていっしょに行事をおこなったなら、名前ぐらい知る機会もあったろう。
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