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「そうだ、仕事が決まった。そしてスマホも。」
「お金はどうしたの?」
ジーンズの後ろのポケットからスマホを取り出すセイちゃんの姿を見ながら、僕は声をかけた。
「嶺の金を借りた。大丈夫だ、絶対に返す。」
「僕を頼ってよっ! 僕だって少しは、少しなら蓄えがあるんだ!」
僕の剣幕にセイちゃんが驚いたような顔をした。
「涉?」
「ペットボトルだって置いていったし。一緒に飲みたかったのに。」
「ペットボトル?」
分かってなさそうな顔をするセイちゃんに、余計に腹が立つ。先週セイちゃんが公園のベンチに置いていったお茶は、2本並んで僕の家のキッチンのカウンターに置いてある。
「あっという間にいなくなっちゃうんだもん。僕、探したんだ。」
止まったばかりの涙が溢れ出す。先週祖母の家まで行って、あるかどうかもわからないセイちゃんの家を探し回って。そしてセイちゃんも……。
「涉。」
いきなり腕を掴まれて、またセイちゃんの胸にダイブした。セイちゃんの腕が背中に回されるのを感じた。
「俺を探した?」
温かい胸、温かい腕。何故セイちゃんはこんなに温かいのだろう?
「寂しかった?」
寂しい? そんなこと、そんなことはあるはずが……。でも僕の意志に反して、涙がさらにまた溢れてくるのを感じた。
「めちゃくちゃ可愛いな。涉、キスしてもいい?」
そういったセイちゃんが僕の返事も待たずに体を屈めてキスをしてきた。長いバードキス。でも涙を流しながら、何故か満足している僕がいた。
「涉、拒否しないの?」
目の前で声がする。そっと目を開けるとセイちゃんが優しく微笑んでいた。いきなり羞恥心が僕を襲う。
「分からない。」
顔を見られたくない。そんな一心で、自分からセイちゃんの胸に飛び込んでいく。背中にぎゅっとしがみつくと、開襟の襟から覗く素肌に直に頬が触れた。
セイちゃんの心臓の音が聞こえる。僕の心臓もドクドクと脈を打っているのが分かった。
「涉、俺は少しだけ期待していてもいいのかな。」
「…………。」
期待? 何の? 僕は何を言ったらいいか分からずにじっとしていた。
「……涉、腹が減らないか? 夕飯奢るよ。何か頼んで一緒に食べよう。」
「だから、誰のお金で奢るのって言ってるの!」
「俺の金だ。」
「へっ?」
恥ずかしかったことも忘れて顔を上げる。セイちゃんがこちらを見下ろしながら、ゆっくりと話し出した。
「仕事が決まったって言ったろ? 支度金が出た。俺の能力を高く買ってる。後で詳しく話すよ。ピザでも取るか?」
僕の体を離してキッチンカウンターに置かれたスマホを取り上げる姿を呆然と見つめた。支度金って何だろう? 働く前にお金がもらえるの? どうして?
スマホを操作していたセイちゃんが、こちらに目を向けた。
「あ、あと今日は涉のところに泊まらせて? 明日にならないとベッドも布団もないんだ。」
セイちゃんが泊まる……僕のところに。布団がない。僕は疑問だらけで何を聞いたら良いか分からずに、何となく頷いていた。
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