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夢を見ていた。暗闇の中で男が独り佇んでいる。あれはトンネル? 後ろから黄色のスポットライトが当たり、輪郭だけが見えた。女ではない……たぶん。
何も言わない男に右手を伸ばす。君に会いたかった。待ってたんだずっと。しばらく前からいつもそばで見守ってくれていた人。あれは君だろ?
「待って!」
自分の叫び声で目を覚ました。毛布の上に突き出た右腕が天井を掴むように精一杯伸ばされていた。目の前に広がっていたはずの暗闇は消えて、壁のクロスと同じ白い天井が明るく輝き、朝が来たことを告げていた。
『夢か。』
上がっていた手を頭上に伸ばし、ヘッドボードに置いたスマホを手に取って時間を確認する。5時58分。アラームが鳴るちょうど2分前。
『くそーー。』
たった2分だけなのに損をした気分になるのは何故だろう? 今日は月曜日。5月の大型連休明けで、仕事も忙しいに違いない。あと2分、目を瞑るかどうか一瞬だけ考えたけれど、思い切ってベッドの上に体を起した。
ビルの隙間から顔を覗かせた太陽が、開け放たれたカーテンから眩しい光を入り込ませていた。寝室は6畳。2畳ほどのウォーキンクローゼットが取り付けられていて部屋の中がすっきりと使える。
ベッドの他には本棚だけ。ネットで見つけた中古の飾り棚に本を入れている。奥行きもあるから、ノートパソコンを置くのにも便利だ。今日着ていくスーツはベッドの足元に設置した間仕切りに掛けてある。
ジリジリジリジリーー
右手から鳴り響いたアラームの音に体がビクッと揺れる。アラームを消しておかなかった自分を呪いながら、あと5回鳴るはずのアラームを全て止めてベッドから降り立った。
「むん!」
窓越しに見える太陽に向かって大きく伸びをする。ここのカーテンを開けておくのには理由がある。
引っ越しをして2週間が経ち、明日が初出勤という日の夜にこの窓に人影が見えた。部屋の電気を常夜灯だけにし、カーテンを閉めようとした瞬間だった。
「誰?」
思わず声をかけたが、腰から上の高さの窓に映るのはぼんやりとした人の全身だけ。外に立っているのかと思ったけれど、ここはマンションの3階。それにこの部屋にベランダは繋がってない。
どこかから投影されたのか、それとも幽霊? だんだんと薄れていく人影を凝視しながらそんな事を思ったけれど、不思議と怖くなかった。何故か昔から知っていたような、幼い頃からずっと待っていたような、そんな気がした。
また会いたい、そんな気持ちが湧き上がるほどに……。
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