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それから俺は度々、2人の待ち合わせを見守るようになった。見守るなんて言葉は俺の最悪な気持ちからすると相応しくないような気もするが、何もできないから結局は見守ると言うことしかできない。ユイのロングスカートが俺の肩を撫でる度、柔軟剤の香りを認識する度、俺は爆発しそうな気持ちを抱えながらじっと耐えることしかできなかった。ユイを確かに感じているのに、腕を掴んで呼び止めることすらできない。俺はここにいるのに。
そのうち2人は手を繋ぐようになった。いつものようにユウトが「行こっか」と言うと、ユイの方に手を差し出す。ユイはやっぱりいつものように笑ってその手を取るのだ。見たくなければ目を閉じればいいものの、なぜだか見なければいけないような気がして、2人が階段に消えるまでじっと見つめる。神様は趣味が悪い。趣味が悪いが、これが俺に許された贖罪なら、俺はこれを見届けることしかできない。
何度も朝が来て、何度も夜が来た。
終電が終わり駅のシャッターが閉じた後の時間が、俺にとっては一番つらい時間だった。2人の幸せそうな姿を見る時よりも、何倍も苦しい時間。身体もなければ脳もないんだろう、俺には睡眠という機能すらも与えられていなかった。暗闇の中、生きていたときのように目を閉じる。眠れないのにこうして目を閉じるのは、ユイの顔が鮮明に思い浮かぶからだ。
ユウトは優しいやつだから、ユイはきっと俺といるときより穏やかに過ごせているんだろう。嫌味を言われて傷付くこともなければ、自己中心的な発言に困ることもない。俺といるよりもきっと、ずっと幸せなんだろうな。優しいやつだけどたまに尖ったことを言うときもあるから、傷付いてないかな。自己中心的な発言はしないやつだけど天然なところがあるから、困ってないかな。
ユイは俺が死んだことをどう思っているんだろう。悲しんでくれただろうか。もしかしたら、まだ悲しんでいるだろうか。ユイの泣きそうな顔が閉じた瞼の裏に映る。ユイの肩にユウトの手が置かれる。ユイがユウトを見て少しだけ微笑む。ああ、そうだな。ユイの泣き顔は、見たくないな。
爆発しそうだった俺の気持ちは、日を追う毎に少しずつ和らいでいった。ただそれでも、俺の中の後悔だけは形を変えずにそこに居座り続けていた。
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