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それから何年か経った日曜日の夜の事だった。最近は手を繋ぐこともまれになった2人が階段を上り、券売機の横で足を止める。今日の駅は一段と騒がしく、2人の会話はここまで届かない。向かい合ってうつ向きながらユウトが何か喋ると、ユイは小さく首を降った。しばらく2人とも口を開かなかったが、あからさまに作ったとわかる笑顔でユウトが何か言うと、顔を上げたユイも力なく笑った。何度も何度も、俺に向けた表情。
2人は小さく手を振り合うと、ユイだけが改札に向かって歩いてきた。ユイはユウトに背を向けた瞬間、顔をぐしゃぐしゃに崩した。あと一歩進んだら溢れるくらいの涙と、力の入った唇が今日のすべてを物語っていた。ああ、そうだったのか。俺は知らなかったんだ。あの力ない笑顔のあと、俺が背を向けたときユイは、こんな表情をしていたんだ。
ユイが俺の横をすり抜ける。歩いた振動で溢れたであろう涙が、俺の身体を濡らした。謝りたかった。ユイのその表情を作っているのは、いつだって俺だ。この事だって、俺があの日、飲みに行かなければなかったはずの現実だ、ごめん、ごめん、ごめん、ユイ。
ユイはぱったりとこの駅に姿を現さなくなった。死んだ俺の地元であり、それを慰めてくれた元カレの地元であるここには、たとえ用事があったとしても来たくないだろう。俺はもう会えないであろうユイのことを思い、嘆きながらどこか安心していた。ユイはこれから、ここを離れて幸せになるんだ。もっともっと良いやつを見つけて、もう二度と泣かないで過ごすんだ。
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