改札になった男

1/11
前へ
/11ページ
次へ
誰も喋らないくせに「うるさい」という言葉がぴったりの雑踏をぼんやりと眺める。俺の両脇を早足で通り抜ける人、人、人。地球上のどこに収容されていたのかと思うほどの人数が同じ方向に進む様はまるで軍隊、いや何かの儀式のようだった。その異様さも今では慣れたものだ。頭上で鳴り続ける「ピッ」という音をBGMに目を閉じる。 24歳の誕生日翌日、俺は事故で死んだ。 飲み過ぎないでよ、と見送ってくれた彼女、ユイの忠告を無視して友人と飲み明かした次の朝、トラックにぶつかって死んだ。ドラマでよくある走馬灯は特になかった。かろうじて浮かんだのはアパートのドアを開けて心配そうに忠告するユイの顔。ごめん、普通に飲み過ぎたわ。 あれって本当に死ぬんだな、なんて今思えるのは、俺が今この世に存在するからだ。 あの日、目が覚めると俺は暗闇の中にいた。身体が重く、そのままの体勢でいると段々目が慣れてきて、目の前に券売機がぼんやりと姿を表した。飲み過ぎて駅で寝たかな、帰らないとユイにまた注意されるな、なんて考えながら立ち上がろうとするが、身体が石のように動かない。これは救急車を呼ぶべきか、と思ったところで思い出す。俺はさっき、トラックに跳ねられなかったか? 突然ガラガラガラという音が辺りに鳴り響き、少し遅れて遠くの方から光が差し込んできた。やっぱりここは駅だ。どうやら俺は改札の間に座っているらしい。なんでこんな所に。段々頭が冴えてくる。トラックに跳ねられた記憶がまるで現実のように鮮明に思い出される。 その時、ひとりの男が階段から姿を表した。男は歩きながら鞄を探るとスマホを取り出し、俺に近づいてくる。声を出そうとするが、まるで夢の中にいる時のように声が出ない。なんだこいつは、おい。男が取り出したスマホを俺の頭上にかざすと、どこかでピッという音がなった。何事もなかったかのように俺の脇を通りすぎていく。なんだったんだあいつ。なんとなく頭をかこうとする。あれ、俺、手がない。 自分の現状をなんとなく理解するまで一週間はかかったと思う。いや、二年ほど経った今でも信じられてはいない。死んだはずの俺が、改札として生きていることなんて。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加