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橘乙姫の憂鬱
橘 乙姫は、自分の名前が大嫌いだった。
双子の兄が「甲太郎」なので、乙姫の名前もきっとその流れから付けられたのだと思われた。
だが、なにせ字面も読みもまんま「おとひめ」である。
小さな頃から男子に「お前んち、竜宮城かよ!」と、蔑まれているのかどうかよく分からない言葉で揶揄われ、「お前んち行ってもお土産なんか要らないからな」と贈る予定もないのに断られる。
なんだかよく分からない悪意に晒されて、すっかり臆病になった乙姫は高校生になっても友達という友達なんてできなかった。例え友達ができたとしても、これだけ妙な苛めに遭って来たのだ。家に誘うことなんて到底できない。お誕生会なんて夢のまた夢である。
だから乙姫の友達は、いつだって本だった。
休み時間にはいつも図書室に通い、好きな本を好きなだけ読む。
教師の中には、「乙姫ちゃんはいつも休み時間に一人きりで」と余計な詮索をしては両親に告げ口のような電話をする者もいた。
小さな頃から苛められ、友達が怖い乙姫は、心底そっとしておいて欲しかった。
でも教師に心配させてしまうのは申し訳ないし、両親にも安心してもらいたい。友達など居なくても十分幸せと思っていたが、教師にも親にも安心してもらえる天職が現れた。
それが「図書委員」だ。
乙姫は、小学5年生からずっと図書委員だった。
図書委員になれば、昼休みに一人で図書室にいても誰にも文句を言われない。むしろ、よく仕事をしていると褒められた。図書室にいる司書の先生は、いつだって優しかった。たくさん本を読んで、司書の先生とお話して、乙姫は幸せを満喫していた。
図書委員として甲斐甲斐しく働く乙姫が成長するにつれ、苛める者は居なくなった。
高校生になった頃には誰も揶揄う者など居ない。
それどころか「橘に、家に誘われたい。その後に例え爺様にされても悔いはない」などと思う者だらけになっていた。
流れる亜麻色の長い髪が艶々と輝く。
美しく成長した乙姫は、近眼でメガネをかけていても、その美しさは隠せない。逆にいつも図書室にいて楚々と仕事をしているので知的なイメージが付きまとった。
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