贖罪の傘

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 カランカランというベルの音で、僕はパソコンから顔を上げた。  雨と土の匂いに混じり、外の喧噪が店内に響く。数人の学生が制服に雨粒を乗せて、店に足を踏み入れるところだった。  一人の男子学生が、代表者のようにこちらに近づいてくる。その学生は、よくこの店に来る常連の少年だった。 「傘を三本借りたいんですけど」  照れくささが滲み出た顔の男子学生に対し、僕は「はい」と言って立ち上がる。足を少し引きずるようにして、近くに挿してあるビニール傘を三本手に取ると、男子学生に手渡す。 「千五百円になります。一週間以内に返してもらえれば、返金しますので」  常連相手であっても、僕は毎回そのセリフを口にしていた。  近くにいた女子学生が「ええっ、実質無料じゃん」と驚いた声を上げる。僕はその聞き慣れたセリフに、内心苦い思いをしながらも表情は笑顔を繕った。 「そうなんだよ。だから俺、あんまり傘を持ち歩かないんだよね」  財布からお金を出しながら、男子学生が自慢気に返す。僕はお金を受け取り、「ありがとうございます」と口にした。  三人が出て行った後、店内は再び静寂へと戻る。  店内には色とりどりの傘が展示され、自分が手に取られなかったことを残念がるような落胆の空気が漂う。  僕は溜息を吐くと、開きっぱなしのノートパソコンの前に戻った。少し痛む足をさすり、それから作業へと戻る。  今日は雨ということもあって、いつもより人入りはある。だけど買う人は稀で、ほとんどの人がさっきの学生たちのようにレンタルする人の方が多かった。  そもそも、傘だけで勝負するのは難しいはずだ。それもレンタルでデポジットの制度を取り入れているのも、僕からしたら商売ではなく、慈善運動みたいなものだった。  親友の決めたことで副業とはいえ、僕は後ろめたい気持ちを抱えていた。
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