贖罪の傘

3/6
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「前にも言っただろ。趣味でしているだけだって」 「それなら、僕の給料を減らしてよ。今は依頼も増えたし、収入も増えたからさ」  僕の本業はウェブデザイナーだ。最初の頃はツテもなく、仕事がなかったけれど、今では辻本の紹介や口コミで、少しずつ仕事が増えていた。仕事がなかった頃に、辻本がこの店で働かないかと誘ってくれて、有り難く感じていたけれど、今は後ろめたさが勝っていた。 「精算は終わったか?」 「うん……まぁ……」 「帰るぞ」  有無を言わせない雰囲気に、僕は渋々帰り支度をする。いつもこの手の話になると、辻本の機嫌は悪くなる。だけど、いつまでもその問題から逃げ続けるのは良くないはずだ。  店の電気を消すと、店の出口にはすでに傘を差した辻本がこちらを見ていた。近づくと、僕の方に傘を傾けてくる。 「濡れるよ」 「すぐそこだから」  雨の日には必ずこの会話をする。僕は諦めて溜息を吐くと、彼の隣に並んだ。  思うようにいかない右足を動かしながら、僕は駅の脇道を歩く。好立地な場所にあるにも関わらず、店に人が入らないのは近くにコンビニがあるからだろう。わざわざ敷居の高そうな傘屋に入るよりも、コンビニの方が断然気楽なはずだ。  僕の歩幅に合わせてゆっくり歩く、辻本を盗み見る。彼は無表情で前だけを見ていた。  辻本の堂々とした佇まいとは裏腹に、僕は人とすれ違う度に萎縮していた。相合い傘をしている成人男性二人を周囲がどんな目で見ているのか。僕はそればかりが気になって、仕方なかった。  どんなに仕事で遅くなっても、辻本は僕を迎えに来てくれる。必要ないと言っても、辻本は頑として譲らなかった。いくら僕の足が悪いからといっても、負担をかけるのに申し訳ない気持ちは拭えない。そもそも、辻本がこうして僕に親切なのは、罪の意識によるものだった。  十年前の高校三年生の時に、僕は事故に遭った。雨の中で車に轢かれたのだ。  その日、僕はたまたま昇降口にいた辻本を見つけ、そこで傘がないことを知った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!