贖罪の傘

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 僕の家は歩いてすぐで、辻本は駅まで歩く必要がある。だから僕は、持っていた傘を彼に渡したのだ。 「一緒に入っていけば良いだろ」  辻本はそう言った。だけど僕は、周囲の目が気になっていた。別に周りはなんとも思わないことは分かっている。だけど、僕の中にあった彼に対する密かな想いが、何かの拍子でバレるんじゃないかと怖かったのだ。誰かに冷やかされた時、笑い飛ばせる自信が僕にはなかったから。  親友のままでいたい。気持ちを知られて、距離が生まれるぐらいだったら、今のままでいい。  僕は辻本を振り切って走った。これ以上一緒にいたら、この気恥ずかしさがバレてしまいそうだった。  僕は心ここにあらずの状態で家路を走っていた。視界の悪い中をひたすら走り、そこで飛び出してきた車に轢かれて僕は右足の自由を失った。  見舞いに来た辻本の顔を僕は今でも忘れてはいない。自らを責めるような発言を繰り返し、顔を歪ませる辻本を前に僕は「辻本は悪くない、運が悪かっただけだ」と繰り返していた。僕の驕りのせいだったけれど、本当のことは言えなかった。  高校を卒業し、僕たちは少し疎遠になった。僕はIT関連の大学に入学し、足が不自由でも働けるようと資格取得に専念した。一方で辻本は、トップクラスの国立大学に入学していた。  大学を卒業した僕は、企業には就職しなかった。この足だと通勤電車は厳しいし、就職も難しいと判断してのことだった。誰かに迷惑をかけることを嫌う僕としては、家で出来る仕事をしたかったのだ。  だけど、現実は厳しく、収入は思うように伸びはしない。実家暮らしだからまだしも、自立するには相当難しい状況だった。  そんな時に声をかけてくれたのが、辻本だった。駅前に傘の専門店を作るから、店長になって欲しいと言ってきたのだ。
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