贖罪の傘

5/6

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 もちろん、最初は断った。だって、この足では思うような働きが出来ないと思ったからだ。渋る僕に、辻本は一歩も引かなかった。空いた時間で本業をすればいいし、趣味の店だからそこまで気負いする必要はないと説得され、挙げ句に連日押しかけられて、僕はとうとう根負けした。  それに正直、辻本とまた交流が持てるという下心もあった。  辻本は二十五歳で独立し、アプリの会社を立ち上げ、従業員もいるという。ハイスペックながらも仕事一本らしく、恋人はいないらしい。僕の中でホッとしたようでいて、諦めがつけられない複雑さもあった。  どうして傘専門店なのか、と辻本に聞いたけれど、譲り受けたというだけで、細かい話は聞いていない。  もう三年近くこの店にいるけれど、経営が赤字であることは、火を見るより明らかだった。ホームページを一新したり、通販を始めたものの、なかなか客足は伸び悩んだ。その話を何度も辻本にしたけれど、この店を手放そうとはしなかった。  贖罪からこの店を辻本は続けている。それしか、僕には考えられなかった。それならば僕がこの店を辞めるのが、一番の解決方法になるはずだ。最近の僕は、そんな事ばかり考えていた。  いつも車を止めている駐車場が見え、僕は自分の中で最終手段を口にしようと覚悟を決めていた。  それが辻本の為になるのであれば、僕の恋心など小さい犠牲にしか過ぎない。  車の助手席を辻本が開き、「ありがとう」と言いながら僕は乗り込む。  運転席に辻本が乗り込んだところで、僕はタイミングを見計らう為に彼の方を見る。  いつもならすぐにエンジンをかけるところだけど、辻本は何故か座ったままだ。  静まり返った室内には、雨音だけが響く。いつもと違った重い雰囲気に僕は戸惑う。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加