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「店を辞めたいとか言うなよ」
雨粒の流れるフロントガラスを見つめる辻本。今まで何度も脳裏を過っていた感情を指摘され、僕は言葉を失う。
「俺が贖罪の意味だけであの店を開いて、お前を雇ったわけじゃない。確かに罪悪感はあるし、後悔もしている」
そこで辻本が重たい息を吐く。
問い詰めたい気持ちもあったけれど、僕は言葉の続きを待った。
「あの日、傘を借りなかったら……お前が嫌がっても、無理やり一緒に帰っていたらと思うと、今でも悔やんでも悔やみきれない。利益の出ないレンタル業をしているのも、俺にとっては贖罪の一つなのも否定しない。だけど――」
そこで辻本は僕の腕を掴む。僕はびっくりして、街灯に照らされた真剣な表情の辻本を見た。
「俺がお前を雇ったのは、傍に置いておきたかったからなんだ」
「……どうして?」
嬉しい気持ちと困惑が入り交じって、僕の声は雨音よりも小さくなる。
「失うのが怖いと知ったからだ」
掴まれた腕が離れ、今度は体ごと抱きしめられる。驚きのあまり、僕の体は硬直していた。
「今だってそうだ。あんな思い……二度としたくない」
雨に濡れた肩に、僕は顔を埋める。
あの日、傘を貸さなかったら、僕は右足は自由を失わなかったのかもしれない。だけど、あの日の事故がなかったら、今こうして辻本の傍にいられたという保証はどこにもない。
お互いに想いを隠したまま、それぞれの道を歩んでいるかもしれなかったのだ。
「傘を貸したこと、後悔してないから」
その一言で、辻本には僕の気持ちが伝わったはずだ。
辻本は何も答えない。
だけど証明するように、回されていた腕の力が強まった。
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