0章:プロローグ

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 言葉には力が宿る。  ――それが心理的な事象だけを指していたのは数十年前のこと。今では物理的な現象をも意味するようになった。 「……『当たれ』」  目についた適当な石ころを、10mほど離れた木へと軽く放る。振り投げたときに込めた腕力は、目標の距離の半分に到達させることすら足りないくらいであったのに、石ころはきれいな放物線を描き、十分なエネルギーを持ったまま進んでいく。  ――ただ言葉を発するだけで、世界法則を無視して現象を引き起こせる。世界はその異能の力を【言魂】と呼ぶようになった。 「……『大きくなれ』」  木へと吸い込まれていく石が突然に肥大化し、指先ほどのサイズだったのが拳大にまで膨れ上がった。質量が変わってもなお、その石は速度もベクトルも変わることはない。  ――【言魂】を使うことができる人は、およそ100人に1人。珍しいといえば珍しく、珍しくないといえば珍しくない。かつては奇異の目で見られていたが、その異能が社会に溶けこみ馴染むようになってからは「へぇ、運が良いね」と思われる程度にはなった。 「……『跳ね返せ』  手遊びで投げた石ころは物理法則に逆らい元の軌道へと帰ってくる――ということはなく、そのままコツンという軽い音を立てて木にぶつかった。  投げた石が独りでに戻ってこない。それはごく普通の事象であるのだが、石を放った少女にとってはそうではなかったようで、喪失感に似た感情を抱きながら、木の下に転がり落ちた石を見つめた。 「…………そっか。もう【鏡】は……誰かの魂に刻まれちゃっているんだね」  夕暮れが少女を襲う。その真っ赤に染まった斜陽は突き刺すように光を浴びせてきて、透き通るような水色の髪が暗く染まる。 「……ふぅ。さて……」  溜息を一つ。諦観を口から零すと、今夜の寝床を確保すべく歩き出す。どこへ向かっているのか、それは少女にも分からない。その行く先は、身に宿る魂だけが知っている。 †
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