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見える景色が変わった。視線の高さもそうだが、さっきまでは見えなかった勝利の方程式が、今では明確に導き出されている。
もっと具体的に言うと、空気の流れというか力の向きというか、無意識で曖昧に掴んでいる運動法則が何十倍にもクリアになった感じだ。
といってもこれは鹿金の言魂によるものでも、もちろん僕の言魂によるものでもない。おそらく鹿金が血の滲むような鍛錬や一瞬でも気を抜けば襲い掛かってくる死線を超えるために得た力なのだろう。
ほんの数秒経てば鹿金の記憶も思い出してきた。さっきまでの僕との戦闘や更衣室での襲撃など、深度が浅い記憶……まだ最近のことがメインだが、1分もすればほとんどの記憶を知ることができる。
もちろん記憶だけではなく運動能力や戦闘センス、筋力や思考力に至るまで全てをそっくりそのまま得ている。身体的なものは変身が解除されれば消えてしまうが、記憶や経験など感覚的なものは残るので、ぶっちゃけていえばこの能力で他人が必死に努力した成果だけをパクりまくることもできる。
とはいえ、あんまり大勢の人のこうした経験値をいただくことは、実はあまり有益ではない。なんでかというとごっちゃになるし、その個人に適切な感覚であって、他の人にとってはむしろ害になることもあり得るからだ。感覚というものは繊細なのだ。
あとはまぁ、普通にデメリットも多い。
まずこの能力の本質は同化であって上乗せではない。身体的なことはともかく、戦術や戦い方などは違うのではないか、と思わないでもないが、知力や考え方も変身した相手と同等になる。
時間が経てば経つほど同化の侵度は進み、最終的には全く同一の存在になる危険がある。その状態から自力で戻ることは不可能だ。何故なら元に戻るもなにも、自分はその人自身になっているのだから。
そう、一番のデメリットはこれだ。能力の解除が難しいこと。うっかり発動してしまったら危険なので嫌々ながら検証したところ、能力の解除には自分という存在を自覚すること、具体的には、他者から名前を呼んでもらう必要がある。
あと能力が解除された直後の気持ち悪さがヤバい。鬱々とした気分でどうしようもない不安が胸中を渦巻く。能力解除に失敗したときの怖さもあるが、そもそも好き好んで使いたくないのだ。
そういうわけで気力も大量にもっていかれるので、能力を発動してすぐに解除を繰り返す、というわけにもいかない。もしできたとしても1日に2回も使えば確実に精神崩壊すると断言できる。
つまりデメリットは『気力を大量に消費する』『嫌な気分になる』『能力解除が自力でできない』『加算ではなく同化なので相手を越せない』『元の自分に戻れなくなる危険性がある』といったところだ。
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